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朝鮮とは何か

朝鮮とはなにか。

 

ざっくりと言えば、中華人民共和国の国民の先祖は明国に暮らしていたが、この明国は隣国の後金に侵略されて滅亡したのである。

 ちなみに、日本は滅亡したことはない。

 後金という国の創始者は満州族ヌルハチで、このヌルハチはアメリカ映画「インディジョーンズ魔宮の伝説」のオープニング部分で「マンチュリアの初代エンペラー、ヌハチの骨がどうしたこうした」と出てくる。

 

 この後金を朝鮮は、「オランケ」文化の無い野蛮な国、と呼びつける慣行で、これは、日本のことを、倭奴ウェノムと言っていたのと同様の侮蔑後で、とにかく、朝鮮と中国というのは、今で言う「ヘイトスピーチ」の徹底した国柄であった。

 

 この「オランケ」野蛮人の後金に朝鮮は侵略されて、あっという間に屈服降伏した。

 その証拠に、朝鮮はこの時、朝鮮民衆を50万人、文字通り、強制連行された。

 この強制連行の様子は、感心に、「朝鮮宮廷残酷史花の戦争」に描かれてはいる。

 また、当時の仁祖王は、日本で言う「土下座」の後金式のそれを強要され、さらに息子夫婦を8年間人質として、満州瀋陽に暮らさせることを強要された。

 

 8年間の後、帰国した仁祖王の長男夫婦は、朝鮮王宮廷の官僚から、満州かぶれして帰ってきたのではないかという疑惑をかけられた末に、謎の若死にを遂げる。

 だから、今でも、仁祖の長男はかわいそうに、意地の悪い父に殺されたか、あるいは、王の側近に毒殺されたのではないかと疑われている。

 

 そのあと、王になったのは、この早死にした長男の弟で、孝宗となった。

 後金は、当時の朝鮮が大中華と仰いでいた明国を崩壊させて、もとの明国の民衆に対して、明国時代にはなかった風俗の辮髪を強要した。

 たとえて言えば日本人に、チャイナ服を着ろ、と強制するようなものだ。

 

 ところで、話はさかのぼって、シナの明国は、モンゴル人の巨大国家「元」の衰退期に、「元」を倒した漢民族が作った。

 

 高麗は、このモンゴルの元に侵略して、屈服した末に、何代にもわたって、半島の高麗王の妻は毎回モンゴル王族の娘をめとるように強制されていた。

 また、このころ、モンゴルかぶれが流行して、モンゴル風の名前を名乗る者も増えていた。

 そこへ、モンゴルの元の衰退が起こり、明が成立すると、高麗の将軍「イソンゲ」血筋は朝鮮人ではなく、女真族と疑われるが、さすがに、韓国では女真族とは認めない。

 

 この女真族系の将軍イソンゲが、高麗王の王族を皆殺しにして王位を簒奪して、明国に行って、服属を申し出るとともに、国名の「朝鮮」という名前を明国につけてもらっている。

 

 他国に国名をつけてもらったのである。

 また、この時代、チェ・ホン将軍が、遼東半島に進軍しているので、現在、在日韓国・朝鮮人の青年が、韓国は民族的に平和な民族で、他国に侵略したことがない、というのは、真っ赤なウソであることがこの時代に証明されている。

 

 朝鮮の指導者は後金に対して、「オランケ」とヘイトスピーチを言いまくっていたのに、侵略されるとすぐに服属したと同じパターンで、日本に対しては「倭奴ウェノム」と言っていたが、朝鮮が開国すると、盛んに日本に対して、国家財政の破綻を取り繕うための借金を繰り返した。

 

 朝鮮の民衆、農民が悪政に耐えかねて反乱を起こすと、反乱を抑えるに足る国軍を養う国力さえなかったので、清国と日本の自国の反乱の鎮圧を依頼するありさまだった。

 それでいて性質の悪いことに、後世、韓国では、この民衆の朝鮮王朝への反乱を日本への抵抗で、民衆のけなげな抵抗を日本軍が壊滅させたのだ、宣伝するようになった。

 

 なぜ、現代の韓国人は、かつて朝鮮人がモンゴルに侵略され、満州族に侵略されたのに、そのことはまったく、問題にせず、日本にばかり侵略された、侵略されたと言い張るのかというと、端的に言えば、モンゴルを責めても、何の得にもならないし、中国に対して、今の中国東北部の連中にわれわれはひどい目にあった、などと言えば、嘲笑われるのが落ちだとわかっているからである。

 

 要するに、日本に限っては、被害を受けたと、言えば言うほど、日本が謝罪し、技術をタダで提供するは、経済危機になれば助けてくれるはで、得なことばかりだからであろう。

 

 ただ、韓国人の論理では、モンゴルの侵略、満州族の侵略は、確かに侵略はあったが、国を消滅させられたわけではない、たった35年とはいえ、もし日本が敗戦しなければ、二度と朝鮮民族は独立できず、永遠に日本人だったかもしれないではないか、という言い分かもしれない。

 

 しかし、こういう言い分は、朝鮮王朝と大韓帝国が、民衆を塗炭の目に合わせていた国だったことを勘定にいれていない見解なのである。

 たとえば、現在の北朝鮮が今後も続いてよい国だなどと誰が思うだろう。

 ほとんど世界中の人々は北朝鮮という国は無くなってしまって、民衆は韓国に統合されてしまったほうがいいと思っているにちがいないが、当時、世界は朝鮮という国は無ければ無くなって、民衆は日本のもとで暮らしたほうが幸せになるだろうと思っていたのである。

 

 このことは、当時のフランス人やイギリス人の旅行家や宣教師の見聞記を見ればわかる。

 彼らは総じて、「朝鮮の悲劇」とか「悲劇の朝鮮」という題名で本を書いており、「この「悲劇」とは、朝鮮の支配層の両班がいかに苛酷に農民や奴婢を苦しめていたかという事を記録しているのであって、朝鮮は、日本からいじめられる前に、すでに朝鮮の両班によって、民衆は「悲劇」を生きていたのである。

 そして、実際には、日本はむしろ、民衆に教育を普及させ、農産物を改良し、医学を普及しというように、、民衆を解放したのだったが、韓国人は徹頭徹尾、日本が韓国の発展の可能性をつぶしたのだと思い込んでいるわけだ。