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新潟県知事選挙は反原発狂信者にかつがれ、誘導された催眠候補者の勝利

新潟県知事選挙は、候補者の米山隆一が、反原発狂信者にかつがれ、誘導され、自己欺瞞と自己催眠に陥った末に、知事に就任した「トンデモ選挙」である。

 

 米山隆一は、立候補当初は、自身のブログで、「原発問題ワンイシューにするつもりはない」と書いていた。

 ところが米山のブログに対するコメントは、ただただ、「原発反対に考えを変えてくれてありがとう。熱烈に応援します」「ワンイシューなんて英語を使わないでください」と、「原発反対以外何も言わんでいいんだ」と言わんばかりのいきおいこんだ応援が殺到。

 選挙演説もまた、共産党、社民、山本太郎小沢一郎、などがただただ「反原発」に集中応援をしたものだから、米山は、科学者として長年言い続けてきた、原発の事故防御は修正改善可能であり、除染もしなくていい、という見解を突然封印してしまった。

 

 いまだに事故が収束していないなどという、米山自身がこれまで言い続けてきた、原発容認論とはまったく矛盾する言い訳を押し出して、共産党に頭こうべを垂れる始末。

 

 結局米山は自民党時代、日本維新の会民主党時代を通して、ただの一度も国会議員に当選する夢がかなわず、ついにしびれを切らして、「社民、共産、(山本太郎の)自由」の支援を受けてでもいいから、とにかく知事になって、国会議員への足がかりをつけたいとでもおもったのだろう。

 

 当初は、それでも米山隆一は、まだいくらかは正気が残っていたらしく、「原発だけを問題にするつもりはない」とブログに書いていた。

 だが、現実には、原発反対だけに特化した選挙になり、米山は、いまさら、一切、原発容認のニュアンスを一言も言えない空気に追い込まれてしまったのである。

 

 以下の文章が、米山隆一が県知事に立候補した直後に書いたものである。

「一方私は知事選が、原発問題のワンイシューで争われるべきだとは全く思いません。原発問題は勿論とても重要な問題ですが、本質的にはリスク管理の問題であって、何かの価値を生み出し、提供するものではないからです。

 では何を生み出すかと問われたら私は、まず第一に、子育て、医療、介護の環境を整備して、県民の皆さんに、新潟県で、心から安心して、子供を産み、育て、医療を受け、そして介護を受けられる環境を作りたいと答えたいと思います。今、日本の医療、介護は、急速な高齢化によって、率直に言って崩壊の危機に瀕しています。医療、介護の制度を作るのは国ですが、その執行機関は県です。国の制度の範囲内であっても、私は、県の、着実で効果的な執行、予算の重点配分、そして創意工夫によって、この新潟で、安心で安全な福祉の環境を作ることは可能だと思いますし、少しでもそこに近づくための努力をすることが、現在と未来に対する政治の責任であると思います。」

 これは、米山隆一本人が自己の思想の内部では、何が何でも原発に反対と勢い込んだ切迫感を持ってはいなかったことを証してあまりある文章である。

 

 だが、米山をかついだ、「社民、共産、(山本太郎の)自由」は、米山がこういう原発反対に対する気乗りしない態度を少しでも見せる事を許さない強い決意で、選挙戦を戦い、米山を完璧に洗脳してしまった。

 さしずめ、二年は米山隆一もさすがに、共産党の言うなりにならざるをえまい。

 狂人でもないのだから、科学者として、福島の事故が実際には、原発の終焉を意味するとは、言えないことは、米山の過去の主張が証明してしまっている。

 

東京は福島原発から200km離れています。福島原発中性子が飛来する可能性は、全くありません(そもそも中性子の空気中での平均自由行程は220mですから、直接中性子が飛んでくる可能性は、原発構内以外ではほぼゼロです)。問題は、放射性物質が拡散してくることですが、ウランを初めとして放射性物質は基本的には重いので、そう簡単に飛んでくることはありません。飛んでくる為には一旦空中高く舞い上がる必要があるのですが、そう言った爆発が起こる可能性が非常に低いことは、前述した通りです。従って、これまた福島原発の近くにお住まいの方に非常に恐縮ではあるのですが、例え不幸にして原子炉の冷却に失敗して今のまま放射線が漏れ続けたとしても、東京で健康に被害を及ぼすほどの放射線が観測される可能性は極めて低いものと思われます。

 

 以上の米山隆一が開示した科学者としての見解は論理的に変えようがない。