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フェミニズムとルソー

「近代史を飾るフランス革命で「人および市民の権利宣言」が公示された2年後の1791年には、オランプ・ド・グージュが、「人および市民」には女性が含まれていないことに抗議して、「女性および市民の権利宣言」を発表し、 「女性は自由に生まれ、男性と同じ権利を持つ」と主張した。また、メアリー・ウルストンクラフトは、イギリスからパリに行って、フランス革命の展開にじかに触れ、1792年に、 『女性の権利の擁i護』を発表、啓蒙主義自由主義的思想に影響されつつも、これらの思想家たちが女性を理性的に劣等に見ていたことに抗議した。彼女は、フランス革命の思想に大きな影響を与えた哲学者ルソーの女子教育論(『エミール』でのソフィーについての議論)は、女性の知性の発達を抑制し男性に依存させることに貢献するものであると鋭く批判し、男性が描く女性像や偏見、政治からの女性の排除、自然権からの女性の排除に抗議した。彼女のこの本は、体系的な女性解放思想の最初のものとされ、その後に続く欧米の女性運動の指導者に多大な影響を与えた。時代は半世紀ほど隔たっているが、ミルも、女性の権利を擁護し、女性の能力の劣等性や女性と結びつけられてきた特性は女性の教育の劣等さゆえであるとした。しかし、当時のリベラル・フェミニストたちは、ブルジョア家庭を理想とし、性役割の否定よりも、それを自然の秩序としていた点に限界があった(水田1994,参照)。

ホーン・川島瑤子

これはにわかに信じがたい言い分である。ルソーは「これは男に限った話である、」と意識していたのだろうか。

 自然権からの女性の排除、というが、そもそもその「自然権」というのが、ルソーの個人的妄想で、人間に自然権などはない。