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立花隆批判 「天皇と東大を」を読む 8

立花隆 「天皇と東大」を読む 第8の書

 

 立花隆は「天皇と東大」文春文庫版 第三巻特攻と玉砕の第50章を「特攻と玉砕 平泉澄きよしの戦争責任」とする。

 

 この立花隆の見方は、平泉澄きよしの真の姿を、国民、とりわけ日本の新しい世代の青年に見誤らせるものであって、正しいキーワード設定ではない。

 

 まず、抽象的な「戦争責任があるのではなく、「英米戦争という過ち責任」なのである。

 また、平泉澄きよしの悪質性に即していえば、特攻と玉砕はまさに平泉澄きよし当人がいてこそ、陸軍の上級将校が誘導された狂気の自国民殺人ジェノサイドで、それを個々の特攻隊員は祖国のため、故郷の人々のために、役割を引き受けたがゆえに、大いなる偉大な魂の死ではあるが、それは同時に平泉澄きよしが火付け人として作為した国民を追い込む戦法でもあった。講和させない、本土決戦吹き込み戦略だった。

 この実り少ない戦法をその一身の命に引き受けて、壮絶な死を遂げた兵士の死は崇高ではあるが、平泉澄きよしが誘導した事、その所行はヒトラースターリンポルポトトルーマン級の悪魔の所行である。

 

 では、平泉はなぜ玉砕を必然とする思想を陸軍将校に吹聴してやまなかったのだろうか。

 玉砕と特攻は、必ずや、戦死者遺族の相当多数の憤激、憎悪が、天皇に向かうこと大だからである。

 

 また、日本のような政治構造を持つ国では、欧米からすれば、特攻玉砕の事実は、激しい反感、憤激を喚び、天皇制を廃止してしまえ、という世論がわき起こる動因になるからである。

 

 つまり平泉澄きよしは、なぜ、そういう発想に立ち至ったが不明だが、天皇皇室をなんらかの理由で破壊しようと決意した可能性が高い。

 こういう一見、不可解な、何不自由のないエスタブリッシュの子息が日本国そのものの破壊に血道をあげる思想をふとこるに至った例は枚挙にいとまがない。

 

 西武グループの御曹司にして日本共産党の山岳工作隊員の参加者。辻井喬

 青森県一の大金持ちの御曹司にして、非合邦日本共産党への寄付者。太宰治

 エスタブリッシュメント鳩山家から出た首相鳩山の韓国への土下座癖、反米親露癖。

 武者小路某の国連大学を通した反日活動。

 エスタブリッシュメント細川護熙原発嫌い。

 地方財閥の箱入り娘で国会議員の嫁、三木睦子  9条の会のカマトト女

 

 このように、なんでまた、これほどの大金持ちの子息がなにをすき込んで、自分にぬくぬくとした生活を保障してくれる資本主義日本を、資本主義においてはるかに劣る国々の軍事脅威に対して自らの国に手枷足枷をして自分の国よ、弱くあれ、と祈るのか、と不思議に思うのであるが、事実、かなりこうした例はかなり多いのである。

 

 馬淵睦夫のように、好好爺然とした、つまりいかにも善意にあふれて人柄のよさそうな人間が、グローバリズムは人間を金の亡者にすると言い出したものだから、馬淵の主張を間に受けて、ロシアはいい国、日本はアメリカから自立してロシアと仲良くすべきだという主張が少ないながらも次第に多くなってきた。

 

 ソ連が崩壊しても、ロシアに権力分立とマスコミと国民、野党政治家による自由な批判が機能していなければ、ロシアは反自由の国である。

 また、地球市民ディアスポラに国家に守られた自由はなく、国家を離脱した人間に良き慣習の中で生きる幸せも法治の中で自己の生きる道を選択する自由もない。

 

 こうした基本認識が日本の自称右翼にも、自称左翼にも理解できないと同じ水準で、冒頭の立花隆のいう「戦争責任」なるものが信じられているのである。

 反自由の最たるもの、政治犯収容所国家、言論弾圧国家であったソ連を、英米に対するよりも優先して、警戒しておけば、そういう選択をしていれば、日本国民は満州北部に兵力を集結させた状態で、ロシアの行動を牽制することが可能になり、毛沢東政権は力をつけることは不可能。蒋介石がシナを追われて台湾に行って、台湾の人々を大虐殺するという事態も起きなかった。

 

 はっきり独断を申せば、むしろ、東南アジアの植民地はあれはあれでもっと時間をかけて期が熟してから独立すればよかったのであり、独立戦争はすべてロシア革命という革命を妄想模倣したあだ花の死屍累々だったのではないか。

 

 あえていえば、植民地が解放されてよかったというが、そのよかった、と言う一言の陰には大変な数の人間が独立戦争で死んでいるのである。

 

 わたしは、台湾も朝鮮も言葉と文字の異なる民族は結局独立する運びになったのではないか、と思う。その場合、いまほど反日の根が深くはならなかったろうし、第一、その場合、韓国戦争、300万人の犠牲者は生じていない。

 

 どういう選択をした場合にそういうありうべき終点、ありうべき終着が期待できたのか。

 日本が反自由、伝統慣習破壊の最大型であるソ連をそのような悪魔の国家といて把捉して、満州に最大限の警戒を張り続けた場合である。

 

 その場合の戦争は極めて小規模になったか、あるいは、戦争はパワーバランスが効いた状態で抑止されたろうから、破滅的戦争は起こらなかった。

 

 立花隆の認識は、ソ連に対峙した場合には、農業国家で未発達なソ連は、日本側からソ連を滅ぼしにかからない限りは、大戦争にならないし、したがって、特攻もない、という事が理解できないのである。

 

 特攻は、英米というあまりに巨大な敵に、さらにかてて加えて、当初日本側に存在していた「早期講話を想定した開戦」を、平泉澄きよしと近衛文麿が日本のブルジョア民主主義革命をアメリカに強行さえるために、徹底抗戦イデオロギーを吹き込んだために、講和なき徹底抗戦が敢行されたのである。

 

 この日本の講和なき徹底抗戦という異常な状態は、当時のアメリカ政府内部に巣くっていたコミュニストにとっても非常に都合のよいものであったが、土壇場でアメリカのハミルトン・フィッシュをはじめとする共和党の自由の擁護者は、反自由ソ連に巻き返しに出る方策を探る過程で、日本の弁護すべき点を見いだした。

 

 というのは、虚心坦懐にみれば、日本の天皇は、英国の王室に似ている点もかなりあって、そう簡単に狂信宗教と断ずるにしては、長い歴史があるからである。

 

 おそらく英国保守の伝統を理解するアメリカ人は不思議だったろう。日本の天皇、および神道信仰が2千年も続いたのなら、長い歴史の果てに賢明さを示現するにいたることなく、特攻、本土決戦などというおよそ狂信者でなければ発想しない思想が終戦時の将校に少なくなかった事実は何を意味するのか、と。

 

 日本人自身がこれを解明できないでいるのだから、欧米人が戦前戦中の日本人はカルト宗教に狂っていたのではないか、それにしては、あまりに戦後の日本人に自由闊達な側面もあり、天皇陛下の品位もあるではないか、どういうことなのか、と不思議でたまらないであろう。

 

 たぶん、真実は、アメリカでさえかなり多数のコミュニストが政府中枢に入り込んでも、相当の期間、駆除できなかったように、五摂家筆頭の近衛文麿ともあろうものが、また、東大国史家の首席卒業の当代最高の秀才、朝日新聞の最高の敏腕記者ほか、日本の優秀な頭脳のあまりにも多くの頭脳、有為の青年たちが、あまりにも多く、貧しい農民、貧しい労働者の惨状に傷つきやすい心に血を流して、英米資本主義に立ち向かおうと考えたのだろう。

 

 そのとき、日本人に自由に哲学が無かったことについて日本人だけを責められない。

 ルーズベルトも、ソ連に籠絡され、アメリカの共和党民主党ルーズベルト政権の不正であるハワイ攻撃を知りながら故意に太平洋艦隊司令官に通知せず、日本の悪者にして開戦したこと、をはじめ、戦争をしたくない米国民を裏切ったことを摘発する力量がなかったのだから。

 

 

 

 

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