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立花隆批判 「天皇と東大」を読む 12

立花隆批判 立花隆天皇と東大」第12の書

 

日本共産党日本民族悪逆非道プロパガンダと中国・朝鮮・アジアへの侵略規定と謝罪強要(戦後の非日本共産党系のコミュニストである社会党の源流の知識人も、ほぼ同じ見解を取る)

司馬史観 日露戦争へのおごりたかぶりによる日中戦争、日米戦争

民社党史観 パリ平和条約に違反する日本の満州事変。そして、狂気の日中。日米戦争 という戦中日本人全員狂人論。猪木正道

④アメリカリベラリズムによる、後進国家日本の封建遺制と前近代宗教天皇宗教のカルト化したものが軍国主義を本土決戦を辞さない過激化にいたったもの

丸山真男の遠回しの皇室廃棄目的を隠す天皇ファシズム

 

 以上のうち、最も悪質な嘘が、日本共産党丸山真男のそれで、もくろみは完遂されなかったものの、日本共産党史観と丸山真男史観が日本に完全定着した場合は、日本に神棚も神社、神宮もすべて廃棄されて、日本人は深い罪の意識にさいなまれて、自殺と精神疾患、無気力、自暴自棄犯罪が数倍にふくれあがって、アノミーが暴発。なけなしの税金をひたすら、近隣諸国に謝罪、賠償として払い続け、アジアの奇怪な金銭払い出し奴隷に化したであろう。

 

 もっとも、ロシアに対する便利な資金払い出しマシーンにすでになりつつあるが。

 

 以上のいくつものプロパガンダが、新書、テレビ、新聞、月刊誌によって国民に降り注いだ結果、日本人は世界にも珍しい、絶対平和主義思想を奉ずるようになった。

 

 典型的には、吉永小百合のいう、「武器を放棄することが、積極的平和主義です」という言いぐさであり、公明党委員長の「憲法9条が平和を守ってきたんです」とか、佐藤優の「創価学会の平和主義は本物である」というおだて上げである。

 

 では、日本共産党以外の左翼、すなわち、社会党(現社民党と現民進党の一部)、自民党リベラルは、なぜ日本共産党ではないコミュニスト、という奇妙な立ち位置なのだろうか。

 

 これは、源流を1935年にさかのぼることができる。

 社会民主主義の世界共通の特徴として、普通選挙制にもとづく議会に、社会民主主義に拠って立つを代議員を送り込んで、国政に影響を与える。できうれば、政権与党になって、社会民主主義的な政策を国政に繁栄させたいわけであるが、これが単純にこの説明通りに日本にあてはまらない部分が生じるのがソ連の存在する状況下での自由主義国家における社会民主主義政党の特性がまた、独特なのである。

 

 自由主義国家では、共産党が非合法、弾圧の対象とされる場合が多い。

 このような状況の下で、コミュニストが取り得る態度は四つである。

 1.非合法活動家として逮捕拘留されて社会的地位と経済的収入の安定性を失う。獄中何年に、プライドをかけて、世の中の変わるのを待つ。

 ※もっとも、これが、北朝鮮ソ連、中国なら、安穏と獄中にいられず、処刑されるが。

 2.逮捕されて、共産主義放棄を申し出て、釈放され、内心では、共産主義への共鳴を隠し持って、機会が許せば復党する。

 3.自由主義国家で許された形式の労働運動、女性の運動、人権擁護運動の組織、行政分野、職業、政党、労働組合、宗教団体などに関与するが、内心では、コミュニストへの強い共鳴がある。

 この場合、なぜ、合法な形式を取るかというと、結局は、小狡く、臆病であり、収入の術を失う事が恐ろしいからである。

 

 社会民主主義には、このような悪弊がつきまとう。

 仮に本格的な暴力騒乱の革命の場面では、革命家は命を失う場合もあるのだから、真っ先に逃げ出し、コミュニズム革命組織を権力に売り渡すのも、社会民主主義者であろう。したがって、本物のわが命もかえりみない狂信コミュニストにとって、社会民主主義者は、身をゲヘナの炎に焼かれる覚悟のない偽善者でしかなく、また、土壇場で逃げ出して革命のはしごをはずす危険な連中である。

 だから、ロシア型マルクス・レーニン主義の指導者たちは、基本的に社会民主主義者を憎悪してきた。

 

 だが、この共産党社会民主主義排除思想は、ドイツナチズムの権力奪取が現実化したとき、変更を迫られた。

 

 なぜかといえば、ソ連としては、ドイツ国家社会主義労働者党が権力を握った時、この略称ナチスは、マルクスレーニンの理論「国家廃棄」を最終目標とするものではなく、ドイツ国家の枠内でのドイツ国民労働者を優先する社会主義であり、なによりも、ソ連を戦争の上、ソ連指導部を追放しかねない思想を持っていると彼らソ連指導部は考えた。

 そこで、ヨーロッパ戦線からドイツから攻撃を受けた場合とアジアから日本の攻撃を受けるケースが同時に起きる場合の大きな負担に恐怖を抱いたソ連は、ヨーロッパ各国の社会民主主義者との共闘に方針転換して、各国政府に反ファシズム反戦争・平和運動の圧力をかけるように働きかけたのである。

 

 これは、日本の「偽善的でヘタレな社会民主主義たちにもコミンテルンから共闘が呼びかけられた。そしてこれを人民戦線と称したのである。

 

 こうして、コミンテルンから偽善者とののしられる事なく、晴れてソ連の盟友となった日本の合法的政党の親ソ連派は、具体的には、合法的議会主義政党「社会大衆党」であり、昭和11年、議席5だったものが、18に躍進した。

 なんのことはない。この社会大衆党の議員は、日本共産党に入党するのは怖いが、さりとて、ソ連へのあこがれは強しという人物であり、投票する側も、共産党に投票したくても、ソ連好きの投票先は「社会大衆党」というわけで投票したのである。

 

 また、「日本無産党」などは、そうした心情の国民に推されて、無産党議員加藤勘十は、全国最多得票であった。

 

 戦前が反共産主義で蔓延した社会だったなど、とんでもないデタラメ。親ソ感情は圧殺などされず、左翼の合法政党にかなりの票が入った。

 

 この非「日本共産党」のコミュニストという安全パイコミュストが、荒畑寒村、鈴木東民、清沢洌(きよし)、東大経済学部の大森義太郎、向坂逸郎大内兵衛、有沢広巳、脇村義太郎、山田盛太郎、法政大学の阿部勇、美濃部亮吉らである。

 

 当然彼らも治安当局に目をつけられたが、本人自身が最終的に命をかけ、処刑されるほどの大事を成す覚悟もないのだから、目をつけられたという事を勲章にするだけのこと、何のつらい目にあうわけでもないのが、日本の社会民主主義者なのである。この系譜は、朝日新聞御用達の加藤周一久野収、鶴見俊介、大江健三郎に引き継がれる。

 

 久野収の弟子が西部邁と仲良しの佐高信(さたかまこと)である。(佐高

は恥ずかしげも無く、日本共産党嫌いの日本社会党(後の福島瑞穂社民党)好きを公言している。実際は、 社会党とは、逮捕されるのがいやなヘタレなコミュニスト以外の何者でもない。

 

 続く

 

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