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国家社会主義が台頭してきた日本

 (いまは存在しない国)ソ連とは、国家なき共産主義社会を目指すマルクス・レーニン主義国家を自称していたが、実態は、ロシア民族国家中心の覇権国家だった。

 そしてもう一つ言えることは、ソ連グローバリズム共産主義を自称していたが、実際は、「国家社会主義」を実質的理念とする国家だったということである。

 混乱しやすいのは、グローバリズム共産主義も非グローバリズム共産主義も、どちらでも大きな反人類の思想であることに変わりはない。

 

 「経済の計画主義」と「人民主権」思想は、反グローバルの国家保持でも、グローバルな国家解体の世界政府構想でも、どちらでも結果は同じ人類の悲惨な末路につながる。

 ここを勘違いして、ソ連スターリニズムだから、偽の共産主義だと批判したのが、極左である。スターリンだろうが、誰だろうが、よい共産主義など無い。

 真に国家を廃絶しようとしても、結局は人類にとって災厄になる。

 ほんとうの陥穽は、国家ではなく、「経済を国家として統制する計画主義」と、「人民主権」理論こそが問題だからである。

 国際金融資本批判は、ここが等閑視れる議論だから、百害あって一利なしなのだ。

 

 ナチスドイツの場合は、ソ連とちがって、自覚的な国家社会主義で、ソ連のように国民にわれわれの共産主義人類に普遍的な科学的社会主義に基づくもので、世界の労働者と連帯しているのだ・・・なんて嘘を教えたりはしなかった。

 

 ナチスは、別の大嘘をたくさん教えたわけだ。

 

 アメリカは日本の保守言論の一部から、次のように見られている。

 国家を超越したグローバリスト国家、全世界をアメリカの支配層であるユダヤ金融資本の支配下におこうとする勢力にコントロールされた国家だ、と。

 

 実際には、アメリカは国民国家である。国家否定を目指す国家でもなんでもない。レッキとした国益追求国家である。むしろ、日本人はアメリカをグロバリズム国家と非難する前に、アメリカの爪のアカを煎じて飲んで、自国の国民の安穏とした生活を断固として守る決意で国防を固めるべきなのである。

 

 では、ロシアとはなにかといえば、ソ連よりはましになった、ならず者国家である。まず、政敵の暗殺が多すぎる。これは致命的に反自由の証拠である。

 日本、アメリカとはそこそ同類とすれば、ロシア・北朝鮮・中国は政権の敵が死刑、暗殺、処刑・拷問・収容される国家という同類性を持つ。

 そういう点で、ソ連の延長線にある国家がロシアだ。

 そして、特筆すべきロシアの特徴が、ソ連が違法に奪った日本の領土を以前として不当占拠を継続しているということである。

 

 韓国とはなにか。日本人をあきれさせる民度の低い国家が隣国として存在する迷惑性・・・これである。

 端的に例をあげれば、韓国人が主張する歴史認識問題の資料の間違い、これがまったく、中学生の授業レベルのしっちゃかめっちゃか、誤読と勘違いだらけだというのが、基本的構図である。第一、わかりやすい話が日本には、観光地に文学碑、歌手の記念碑が無数にあって、これはこれでやりすぎの面があるが、これが韓国では、慰安婦、強制徴用(?)労働者の像の半島全域への乱立だとなれば、その阿呆さ加減がわかろう。

 

 これが北朝鮮になると、ほっておくと、人類史に残る災厄の火だねとなりかねない恐ろしい存在であろう。この国のやっていることへの対処が出来ない日本国民の無責任、ほっぽり出しは、将来起こりうる大災厄、すなわち、核ミサイル、化学兵器の日本国内での炸裂の事態における子どもたちの惨憺たる被害の恐れを除去することを怠る日本人の大罪でもある。

 

 

 チャンネル桜という番組の水島総氏のよいところは、けっして自分の政治信条に近いという事を確認した上でなければ、番組に出演依頼しない、と言ったような狭量なところがないところである。

 

 この長所は、短所に勝ってあまりあるが、短所とは、アメリカが国際金融資本のコントロール下にある、あるいはコントロールされている側面が多分にある、という事を重要視する人間とあまり重要視しない人間が一堂に会して自分の意見を開陳する事がしばしばあるということである。

 

 その際、自他の相違を認識して侃々諤々いいあえば、問題が浮き彫りになるのだが、基本、「討論討論討論」と称するチャンネル桜の議論は、、議論ではあっても、討論ではない。

 

 田母神氏という元航空幕僚長が選挙資金で不正をしたという容疑で起訴されたという件は、水島総氏の告発から始まった。これに対して、田母神氏に非はないという立場に立つ人たちは、水島氏に対して嫌な印象を持った。

 

 そういう水島氏に嫌な印象を持ちもし、またそれ以前から水島氏に共鳴しないところが多々あるという人々のひとりが「日本第一党」という政党の瀬戸弘幸というお人だ。

 

 この瀬戸弘幸という人の主張に「国家社会主義」がある。

 そして、ここがおもしろいところなのだが、せと弘幸氏の支持者が、せと弘幸氏のブログにコメントしている内容と、水島総氏が運営するチャンネル桜の動画にコメントしている人々の世界観が、重要な点で同じなのである。

 

 重要な点とは、なにか。アメリカが国際金融資本のコントロール下にある、あるいはコントロールされている側面が多分にある、という事を重要視している人々が、非常に多いということだ。

 これは、世界情勢の壮大な把握という意味で、既成政党の枠を超えているもので、社民党共産党国会議員が、国民に向けて、アメリカはユダヤ国際金融資本に牛耳られているから、注意するべきなんですよ、とはまず言わない。

 

 はっきり言って、ユダヤ国際金融資本がアメリカだか、世界だかを牛耳っているなんてのは、大風呂敷も度を越して、結局、何を言ったことにもならない空論にしか至らない。

 

 日本の国益を守るためには、競合相手は、国際金融資本ではなく、アメリカという国民国家である。とこう言っても、聞く耳持つまい、国際金融資本の意思を信じたい人は、韓国人の従軍慰安婦、強制徴用に終着するのを同じ執着の対象だから、仕方が無い。

 

 私は保守思想を胸に抱いているが、「国家社会主義」「共産主義」はどちらも否定する。

 念のためにいうと、チャンネル桜も「日本第一党」も「国家社会主義」と非常に親和性がある。

 

 彼らがしばしば共通して発言している、アメリカの「グローバリズム」の「グローバリズム」とは、共産主義のことなのである。ところが、共産主義は、財閥、巨大企業、私有財産の偏在を否定したいという基本原則があるから、「国際金融資本」とは矛盾する。

 

 これは、世界の商品市場、金融商品市場が国際通貨、国際取引のルールで取引されていていること、このルールを知悉している側が利益を出すに有利であることから、国家の枠を超えた共通ルールがあるということと、国家利益の競争を否定したい「地球市民」的な左翼思想のグローバル性を近藤しているのである。

 

 つまり、国民国家の枠組みを肯定する者が、国際金融市場のルールを把握して、個人の資産を増やす、というイメージモデルが今後も長く続く人類の文明の型であって、国家を壊すことが国際金融資本の大きな目標として思い抱かれて遠大な計画が進められているなんてことはないのである。

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