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大東亜戦争と日本の戦後 「天皇と東大」書評

日本はどうすれば、よかったのか。

日米国交の調整を為して臥薪嘗胆、十年を目標として、重工業、工作機械工業の確立につとめる。

立花隆はこれが正しい選択はこれしかなかった、とする。

立花が賛同している戦前戦争回避論は、高木八尺やさかのそれ。

天皇と東大」 文庫版 4巻 368p

 

終戦工作派は誰だったか

 

 1.立花隆の見解

 昭和20年5月 近衛、木戸、高木八尺やさかが会談。

6月、「粛軍すべし」と。

8月3日、アメリカにポツダム宣言受諾を直接伝えるべし。8仲介国なしに。

 これが、高木八尺やさか証言

 高木八尺やさか証言で、南原と高木は親友。

 ※どちらも、キリスト教の「熱心な」信者。

高木八尺と、東大の南原グループ同道しての、東郷外相への進言。

 ドイツ降伏が潮時。沖縄上陸前に。

 「南原回顧録」

 

仲介はソ連ではダメ。

 ※ただし、これ、南原が自分は決して親ソ派というわけではないんだよ、という事を主張する嘘であることも捨てきれない。というのは、なぜ、ソ連仲介ではダメだと思ったのか、根拠が示されていない。ただし、米内光政の部下、高木少将のメモによると、高木八尺やさかと南原が、ソ連は敵に回ると言った、と示唆するメモがある。これは、ソ連が「労働者のための良き国家だから、ファシズム軍人に支配された日本を倒しにかかる、という意味だろう。

 

 南原が終戦工作・・・工作というよりも、終戦論議をしゃべりに言ったという程度が本当のところ。終戦工作とは、早く降伏に踏み切る、という意味。

 誰にか。近衛に二度。若槻礼次郎に二度

 農林大臣石黒、東郷外相、木戸内大臣、宇垣一成大将。

 

 海軍大臣米内光政の命を受けた高木惣吉少将に昭和20年6月8日、高木八尺と南原は会うが、共感したにとどまる。

 

 この頃、高木少将にとっても、講和収拾を言い出せば、憲兵に引っ張られる空気あり。

 南原と高木八尺の観点からは、この当時、ソ連は労働者のために立ち上がった良き指導者の国、アメリカは自由と民主主義の国で、日本は反共産主義超国家主義の軍人に支配された国、中国は日本に自主独立を侵害された国、というイメージだった。

 ただし、コミンテルンテーゼからして、ソ連のほうが、アメリカよりも、皇室存続について強い態度に出る恐れがあることはわかっていた。

 

 クリスチャンの単なる善意の反天皇主義者で、共産主義でもなんでもない高木八尺南原繁は、陸軍の親ソ共産主義者が、本土決戦をソ連と日本共同の対米どさくさ戦にして、日本を親ソ共産国にしたいという意思を知るよしもなく、ソ連の仲介依頼をするべきではないと木戸と東郷外相に具申した。

 現実には、ソ連はアメリカのトルーマンが使用した原爆の威力を見届けて、対米戦争は避けて、まずは、アジアの共産化と樺太、千島、の奪還。そして朝鮮のアカ化工作に専念した。

 あさはかな在日韓国人政治学者は、皆、こうした背景がわからず、朝鮮戦争は日本が原因としている。まず、朝鮮人の中にマルクス主義にかぶれた者がいた事が朝鮮戦争の真因である。

 

 高木惣吉の判断では、「一億玉砕にまで持っていくと、国民の天皇への怨みに転化。

 英米もまた、天皇が「本土決戦を止めない人物」と判断して、強硬に皇室廃止に向かうと予測。

 

 降伏の名分を「塗炭の苦しみから救うとすべきか」と。

 

 そして、海軍と重臣が降伏論の回れば、陸軍を抑える可能性がある、と。

 

 高木八尺、南原グループの考えは、すでに昭和20年6月の時点で、昭和天皇は、陸海軍将兵と国民に降伏を納得させる道具として、天皇詔勅を利用。その上で、講和のタイミングで退位させるというものだった。皇位継承はする。

 本来、「譲位」しかないのだが、「退位」「退位」と言っているのは、「譲位では、責任を取らせたことにならないからである。

 ※この「譲位ではない、退位」構想は、実はなんら必要がない構想なのである。

 なぜ譲位ではなく、退位に固執したかというと、南原、高木ら、反ファシズムの正しき知識人(そして民衆)の側が、皇室の意思の上に立つ、ということが重要だったのである。

 

 存続も、廃止もわれら国民の考え次第だという意思が、南原の天皇退位論の心底である。

 

 戦後、「天皇が一人の自由な人間として退位したいと考えた場合、どうするか」

「重大事件に際して、道徳的責任を感じて、退位したいと感じた場合に退位する道を用意してあげるべきだ」と、皇室典範の審議で語ったのが南原。

 

 南原が狡知に長けた男なのか、馬鹿なのか不明だが、この考えは、明らかに、「国民が天皇の上に立っている」という枠組みの常識化を意味する。

 

 皇室が国民にとってそんなものなら、意味がないのである。欧米人にとって、聖書が単なる文学書と規定されるなら、ほとんど読むに足らず、教会に集まる意味がなくなると同じである。

 

 政治家の結果責任を宗教祭祀者の天皇に負わせると言う意味で、南原はクリスチャンの立場から、神道というひとつの異教の完全破壊を企てたと言っていい。

 

 昭和天皇自身はこうした南原の内心にまったく気がつかず、木戸幸一に南原、高木八尺両名が早期降伏を進言したのを了としていた。

 

 高木八尺天皇論には、おかしなところがある。「万世一系天皇が徳をもって君臨し」

「精神的、道徳的指導力」という文言をいれている。

 これは一見、正しそうで、そうではない。「徳」「道徳的指導力」は本来、関係ないのである。なぜ、クリスチャンの高木が、「徳」だの「道徳的指導力」を言うかといえば、理由はただひとつ、天皇制護持者よ、天皇は道徳的指導力があるのであろう?ならば、責任をとって退位しなくてはのう」と言いたいのである。

 

 そもそも、クエーカー教徒の高木八尺憲法修正案を作るなどという事からして馬鹿げた話だった。

 

 幸福の科学や統一原理教会の幹部が日本の憲法の改正案を書いていいだろうか。

 立花隆は、 「万世一系天皇が徳をもって君臨し」「精神的、道徳的指導力」という文言をいれて天皇を説明する高木八尺の論が戦前天皇論と同じで、高木は天皇制疑似論者だった。その護持論者の高木が「権力は道徳に優越しない」と退位を推奨したのであるという。

 しかし、そうではない。高木はもともと、譲位ではなく、首うなだれた退位をさたかったから、「徳」「道徳的指導力」を強調したのである。

 

 古来、日本人は天皇に「道徳的指導力」を認めて文化的に保存してきたわけではない。

 徳とか、道徳的指導力を強調するのは、ひっかけなのである。

 

 木戸幸一は、「退位してほうがいいですよ、と木戸が言っている」と宮中関係者を通して天皇にお取り次ぎ願えればと、宮中晩餐会の席で言ったと東京裁判の尋問に答えている。

 どうなのだろう。木戸はとぼけて嘘を言ったのか。それとも、こういう退位のすすめなどという厚かましい話を宮中関係者が天皇自身に木戸からの伝言です、と語ることはありうるのだろうか。

 

 立花隆は、「現代日本の道義の退廃」は、天皇が道義的責任を取らなかったから、、国民も、道義なんてそんなもんだ、と思ってしまったのだ、と書いている。

 しかし、もし、そうなら、北条時宗島津斉彬西郷隆盛坂本龍馬勝海舟福沢諭吉らの人間性は、天皇の道徳性の影響を受けたという理屈になるが、そんな馬鹿なことはない。

 

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