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大東亜戦争と日本の戦後 ソ連のスパイ暗躍

 近衛がアメリカにプレゼントした対日開戦の口実のふたつとは、南進というアメリカのフィリピン、グアム権益に迫ってあげたことと、ドイツが欧州で露骨な侵略を始めたなら、その同盟国の日本にも宣戦布告していい、というふたつの条件である。

 

 そういう一触触発の状況を作っておいて、近衛は東條にまかせた。実に狡猾である。

 「軍部」ではなく、常に陸軍内部には、反ソ派と反英米派の確執が沸騰し続けているわけだから、反英米派の近衛、尾崎らは、関東大演習(関東とは、満州の事)を行って、ソ連警戒はしないわけではないよ、と反ソ派を安心させるためにやったが、それ以後、英米対決派が主流派になって、反ソ派を閑職に追いやり、満州への軍需物資補給を切ってしまったのである。

 

 一方では、将校教育で、平泉澄きよしに英米を倒せと吹き込ませた。

 

 戦後日本の「絶対平和主義」「自衛戦争も否定の平和主義」「積極的平和主義」は、武力の放棄」という脅迫神経症の平和主義を煩って、当時、国力として、ソ連と対峙した場合には、勝てる公算はありえて、国力差がなかった事に関心もなくなった。またソ連が本当に平和国家なら、じっと動かず、樺太、千島、満州もそのままで放置したろうに、朝鮮戦争に武器援助をしたのはなぜか怪しもうともしない。

 

 その果てが、戦後、雨後のたけのこのように繁茂したソ連友好団体と共産党社会党系知識人のソ連、中国、北朝鮮との友好のすすめだった。

 

 勝てる公算の高いソ連に対峙しようと考えたうちの一人が石原莞爾だが、勝てない対英米戦に乗り気な東條ら、非共産主義の反英米派が多いというのも、日本の大欠点だった。ただし、その石原莞爾は、日蓮宗のカルト的な狂信者だったが、それだからと言って、満州事変以降の日中戦争に大きな寄与をしているわけでもない。

が、日蓮宗の狂信者という点で、後世、人物として、好きになれる人は少ないだろう。

 

 南原繁といい、高木八尺やさかといい、とかく政治に口を出すカルト宗教狂信者には、注意したほうがよさそうだ。

 キリスト教矯風会吉田清治の書いた慰安婦強制連行ねつ造本をわざわざ韓国の北朝鮮系政治団体に送りつけた。

 

 色川大吉日本共産党党員の歴史学者であるが、色川の目から見て、近衛文麿は、「近衛は親英米派の国際協調主義者ではない」「世界新秩序の建設・植民地再分割を目指していた」(色川大吉「自己史の試み」)というものだったが、これは、色川が日本共産党という、戦時中、「暴力革命組織」としては解体していた組織が戦後、復活して急遽その組織に入党したから、尾崎秀実、風見章、近衛らの政府中枢内の親ソ派が躍動して存在していることを知らなかったに過ぎない。

 

 ソ連としては、間違いなく、ゾルゲを通して、日本中枢に親ソ派の近衛、風見、昭和研究会が、デンと座していることを十分に知っていた。

 

 また、ソ連は、後にヴェノナ文書明らかになる、多数のコミュストが合衆国政府中枢にいてくれている状況も把握していた。

 

 逆に、合衆国のスパイも、日本のスパイも、ソ連に入り込む事はソ連全体主義の監視網では不可能だったのである。

 マッカーサー朝鮮戦争のあとに上院公聴会で言った「日本は自存自衛の戦争をしていた」というのは、満州確保にからむ日本の行動を指して言っている。

 なにも、近衛にも自存自衛の主張はあったが、その中味は「真の正義人道の前に立って、東南アジア・インドの植民地を変更させる、アジア人の自存自衛のことを意味する。なんのことはない、河上肇の薫陶を受けた近衛の欧米植民地は不正という、その意味は、共産主義独立解放戦争のことなのである。

 

 これが、色川には、ナチスドイツの「欧州の現状変更」と同じように見えたから、「親英米の協調主義ではない」と言ったが、河上肇の薫陶がある以上、近衛の反植民地主義とは、共産主義民族解放戦争支援のことである。

 

 その支援を自存自衛と言ったので、北朝鮮アメリカ帝国主義の侵略からの自存自衛と意味はすっかり同じものである。

 

 戦後の日教組教育は、平和主義と言いながら、国際紛争の細部を教えない。すなわち、沖縄のすぐそばに位置する旧植民地がいったい、どこはどこの植民地だったか、すっかり頭に入っている青年、中年を含めて、護憲派にも、「行動する保守」にも、多くないだろう。

 ビルマ・マレーシア・シンガポールが英国植民地、

 フィリピンはアメリカの植民地で、植民地化の過程で、20万人餓死させる失策をしていると、ある意味、誠実に議会が認めている。

 ベトナムラオスカンボジアはフランス。

 インドネシアはオランダ

 インドは英国と、おおざっぱにも教えなかったのが、日教組とNHK、民法の教育番組だった。その意図はなんだったのだろうか。ただ、子供たちに、日本はアジアに侵略したと教えたかったのだろうか。

 問題は、多くの場合、その独立戦争のかなりな部分は、ソ連共産主義の援助を受けてのものだった、ということであり、その後、共産主義政策のあやまちゆえに、独立後、けっして、民衆に豊かさも自由ももたらされなかった、ということが、日本人の馬耳東風になった。

 

 河上肇から「カール・マルクスの生涯」と「現代の社会問題」をもらって夢中で読みふけるほどの「マルクス系の社会主義者」で、「国家社会主義者」ではなかった。

 

 韓国人が漢字を放棄して思考力が単純浅薄になったように、日本人はアジアに迷惑をかけたという単色に見る単純思考になった。

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