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エンゲルスとフェミニズム

私有財産制の登場」はまさに女性の世界史的敗北であった。一夫一婦制において、個々の家族が経済単位になったが、女性は生産活動から切り離され、女性の家事労働は部族のためという公的性格を失い、夫である男に対する私的サービスとなった。妻は単なる男の情欲の奴隷/売春婦、および男のために子供を産む道具となった。女性の解放には、私有財産の廃止、女性の生産労働への復帰、社会の経済的単位としての個別家族の属性の除去、便宜婚から愛に基づく婚姻への移行、家事・育児の社会化が必要であるとした。

マルクスエンゲルスの洞察は、生産関係、再生産関係、家族、主婦、生殖、セクシュアリティ、国家、イデオロギー等について、リベラリズムと対照的な分析を提示し、現代フェミニズムの展開に有益な分析視点を示唆した。」

これはどう考えればよいのだろうか。

確かに私有財産制の確立していない状態のアフリカ地方の奥地の少数民族の暮らしを見ていると、あまりエロチスムの要素は男女間になく、淡々と日々、生産と狩りの共同生活が繰り返されているように見える。

 つまりフェミニズム思想を強く肯定する女性にとって、「私有財産の保障」もさることながら、「セクシー」な感情、男性のダンディでセクシーな見栄え、女性の姿態に関する男性の感情もすべて消え失せた状態を人類のあるべき姿と考えているのだろうか。

 「ハニー」とか「あなた」というのが、従属関係ととらえられて、嫌悪され、憎悪されているのだろうか。

 特に福島瑞穂は、その著書において、「個別家族の属性の除去」を本気で社会に実現できるものなら実現したいと考えている部分がある。

 福島瑞穂にとって、「9条で守るべき平和」の果てにあるのは、「私有財産の排除」と家事・育児の社会化、つまり「保育所」の充実と「全女性の社会労働」ということになる。

 

「リベラル・フェミニズム

リベラリズムの思潮に立って、資本制社会制度の基本的構造を支持した上で、女性差別というような望ましくない部分を改良することにより、より良い社会を築いていこうとする。古典的リベラル・フェミニズムの延長線上にあると言える。アメリカではしばしば主流派フェミニズムとも呼ばれるが、この派の「男女平等アプローチ」は国民の幅広い層に受け入れられ、多くの制度的改革を達成してきたと言える。」

この文章の読解を応用しても、最近「リベラル保守」とか言う言い方がされるのは、要するに「資本主義をもはや否定などは毛頭考えず、資本主義制度という枠組みを肯定してかかったうえで、極端な貧困、極端な差別を是正していこうというのを」「リベラル」と言っているらしいとわかる。

 べティ・フリーダンの『フェミニン・ミスティーク』(1963)と、彼女が創立した女性団

体NOW(National Organization of Women)が掲げた「メインストリームへの参加によって社会変化を」という運動方針は、リベラル・フェミニズムの基本的考え方を簡明に表現している。・・・・というわけで、女性や在日韓国、朝鮮人、在日中国人がそのマイノリティーの立場を維持したままで、参政権、被選挙権が得られることが、歴史の進歩と信じられているわけだ。

 

 ベティ・フリーダンたちがやった議会に対するロビー活動という行動様式は、その後日本のフェミニズム朝日新聞松井やよりを中心とするグループに非常に強い影響を与えたと思われる。

 現在では、総理府男女共同参画室を作らせ、女性たち自身が高位官僚になって、政策の主人公になり、一方、民間に女性たち中心の「女性フォーラム」「男女共同参画センター」などを設置したり、国連に提案して、国連の声として、日本に圧力をかけるところまで来た。

 そして、「反原発」「従軍慰安婦」「反安保」「9条護憲」と一時も休まずに活動イシューを継続させるという戦術をとるようになった。

 いまやリベラル革命の主体は、「中核」でも「革マル」でもなく、ただただ、「日本YWCA]「日本婦人会議」「日本キリスト教矯風会」「女たちの戦争と平和祈念館」「女たちの「反原発」」などの「女の革命」なのだ。