民進党の源流

民進党旧民主党)の源流

 

 政治に関心を持ち始めた青年が心の片隅で思うのは、なぜ民進党旧民主党)も社民、共産党も皆、「反原発」「テロ防止法反対」「9条護憲」「沖縄基地反対」など主要論点で一致しているのに、ちがう党なのか、という疑問に思う人も少なくないのではなかろうか。

 

 日本政治のこの構図が生まれた根本は、昭和12年1937年12月の人民戦線事件を考えると把握することができる。

 

 この人民戦線事件は、およそ460人が治安維持法で検挙されたのだが、結果として3名を除いて全員が無罪になった。

 

 無罪になった理由も、民進党の本質を理解するために重要である。

 

 当初公安当局は、ソ連コミンテルンが、日本共産党の党員が公安当局に逮捕されて、共産主義暴力革命の活動を放棄しますという念書を書いて、無事、ふるさとに戻った者が多く、実質的に日本共産党組織の活動が極小になったことから、ソ連が、非共産党系の社会主義、貧困労働者のための社会政策を政府に要求する合法政党、合法労働組合ソ連の指導のもとに置くつもりになったのかと疑って検挙した。

 

 この時、ソ連の真意は、暴力的な内乱革命の覚悟のない者たちは、結局共産革命の宇あら義理者、障害物になるだけだと憎んでいたのだが、世界情勢の激変から、この方針を変更する必要に迫られた。

 

 すなわち、敵視していた非共産党系の「内乱・暴力のない体制内の合法選挙で議会に代表を送り込んでの労働者優先施策」を重視する人々と共闘したいと表明したのである。

 その理由となった世界情勢の変化とは、ソ連の隣国に世界共通の労働者革命を理想とするマルクス・レーニン主義に基づく国家を否定する「民族国家を最大限重視する社会主義計画経済国家」が出現した。その非共産主義の「民族国家重視の政府による計画統制経済重視の国家」は、ソ連を敵視し、その指導者を根絶やしにする懸念のある国家だった。

 

 当時、ソ連は万国の労働者すべての共通の利益と友愛心に基礎を置く人類の進歩と知恵の結晶として生まれた国家だと信じる人はかなりいたが、実際は、ロシア優先の民族国家の国益と覇権を目指す国家に過ぎなかった。

 

 世界各国には、日本も含めて、このソ連に理想を見いだして、我が国もソ連のようになりたいな、と思いながらも、そもそも、ソ連自体が、ロシアの皇帝一族を処刑したり、大地主、大商人をつるしあげ、死刑にする内乱の上で、成立した国だから、各国は、ソ連にあおこがれてはいても、本当にソ連のようになるための実行に踏み切るとなると、現存の体制下の内乱罪に該当して、逮捕、拘留の上、場合によっては死刑、そこまでいかない寛容な国、日本の場合でも、逮捕されて親を悲しませ、失業して収入が激減するリスクがあった。

 それでも、奮い立って、自らの暮らしが崩壊する危険を承知で、非合法組織に入って党員を増やす基盤作りをする者もいたが、こうした逮捕拘留の恐れを回避しつつ、ソ連への共感を捨てたくもないという欺瞞的な人々が世界中にいた。

 

 日本の場合のそれが、人民戦線事件で逮捕された非共産党党員のマルクス主義学者たちである。

 

 ソ連としては、彼らがソ連に共感しつつも、暴力は回避して、保身しつつ体制内の大学の授業でマルクスレーニン思想を教えたり、議会に席を占めて、労働者のための施策を政府に要求していることは知っていたが、彼らに共闘をよびかけたかったのは、彼ら体制内に発言権を維持する者たちに平和運動をしてもらいたいということだった。

 

 なぜ、平和運動をしてもらいたいのかというと、日本やドイツが、内乱革命を成功しない状態で、ソ連の指導者を斬首する戦争を仕掛けてくるのが怖いからである。

 世界中の国民は基本的に夫や息子を戦場を死なせたくないし、敵国が自国よりも強い場合には、上陸、占領されて、殺されたり、樹林されるかもしれないので、どの国の民衆も戦争を嫌う。この根本的な平和への願いを利用して、ソ連指導層は、自分自身がロシア支配層を処刑してつかんだ権力と富と自分の命を守ろうとしたのである。

 

 これは、日本国内においては、単に平和運動としてしか現われない。つまり、暴力内乱を目的とした結社ではない。だから、治安維持法では、結局無罪になった。

 

 ここで注意すべきは、彼らはソ連共闘しようと呼びかけて、平和運動を依頼されたとき、決してソ連指導者のエゴイズムが動機だとは思わず、ソ連指導者の善意を信じていたという事である。

 それでいて、自分たち自身の、体制転覆思想であるマルクス主義を、大学の講壇でのうのうとしゃべってはいい給料をもらう生活を享受するというその矛盾は考えないことにしていた。

 これが、当時人民戦線事件で逮捕された者たちの脳天気な本質だったが、いけずうずうしい事に逮捕されたことがさらに勲章意識、プライドになって彼ら、革命するつもりのない革命思想への共鳴者の立場が、進歩的知識人として祭り上げられていくことになった。

 ところで一方、日本共産党もなんだかうさんくささがぷんぷんする、その臭いの元がどこから来るのかを突き止めるに、興味深い人物が二人いる。

 平野義太郎と林房雄である。

 

 基本的に、現在の日本の社民党民主党党内の旧社会党)の党創設者は、当初から、暴力内乱を否定してはいたが、ソ連に共感していた人、と見ていいし、日本共産党の創設者は、暴力、内乱なしに民衆の幸せは結局実現できないと思っていた人たちだと言ってよい。

 そういう区別でよい。

 平野義太郎と林房雄は、暴力と内乱、金持ち処刑、政治犯収容拷問死刑を積極的に肯定することなしに貧乏人の悲惨な生活を解放できないと考えた人々に属する。

 

 大正時代を通して日本は北朝鮮なんかとはちがって、政府と独立した労働者の自主的な労働環境改善のための研究機関、団体が結成される自由な側面があった。

 

 こうした団体には、暴力革命肯定の思想を持つ人間、暴力革命は肯定しないが、暫時、議会の立法過程に働きかけてすこしづつ労働者、貧困層の生活改善に寄与しようという者が入り乱れて参加していた。

 日本政府は労働組合を合法団体として認めていあたので、日本労働総同盟が組合員からの組合費を拠出して「産業労働調査所」などを設立したりした。

 平野義太郎(よしたろう)という人はどういう人かというと、大学卒業後、この「産業労働調査所」の研究員になって、かたわら、暴力革命を目的とする日本共産党に荷担して、治安維持法で検挙され、やさしく悠長な日本官憲によって、執行猶予判決を受ける。

 北朝鮮や中国、ロシア、韓国軍事独裁政権なら、現体制に反抗すれば、拷問死刑、だろうけれども。

 

 戦後、平野義太郎は何をしたかというと、中国共産党北朝鮮、そしてソ連を守って日本から守ってあげたのである。

 どうやって守ってあげたかというと、日本で平和運動をするということは、日本とアメリカの軍事協力体制の足を引っ張るという事を意味する。

 すなわち、北朝鮮が建国まもなくの頃は、ソ連がお父さん、中国共産党は長兄、その下に東欧と朝鮮労働党の小さい弟分がどんぐりの背比べでソ連の援助を受けているという構図だった。

 

 韓国、日本も共産主義国にしたい思惑を持っていたソ連中国共産党としては、北朝鮮と韓国の戦争では、」ぜひとも北朝鮮に勝たせて、統一させてあげたかったが、その邪魔、大きな障害物が、日本とアメリカの軍事協力体制だった。

 彼らにしてみれば、理想は日本の武力完全放棄、諜報組織なんかもちろん平和主義のもと、作らせない、米軍も出ていかせたい。そして、韓国の軍事支援、産業支援を極限まで縮小して、韓国を弱くさせて北朝鮮に勝たせる。そして、つぎには朝鮮。韓国全体に日本人への憎悪感情を醸成して、朝鮮半島から日本に向けてミサイルを構えた状態で、日本海ソ連海軍の通行を自由自在にする、そうした上で、太平洋から南シナ海、インド洋を制圧して、アメリカを排除したかった。

 

 これは、日本国内においては、共産党社会党の革新共闘平和運動は、日本国民には、戦争はもうこりごり、絶対何が何でも話し合い第一にして、という平和への願いに響くとともに、ソ連、中国、北朝鮮の利益にも合致すり平和運動とともなった。

                           続く

 

 

 

 

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山口二郎が韓国の極左新聞で日本を貶めている

[寄稿]戦後日本の終わり? : 社説・コラム : ハンギョレ

「稲田防衛大臣は国会質疑で、「日本は道義国家を目指すという教育勅語の精神は、今も取り戻すべきだと考えている」と述べた。このような認識を持つ人物が防衛大臣を務めていることは、戦前の歴史を知る韓国や中国の人々にとって衝撃だろう。」

山口二郎が韓国の極左従北派の新聞ハンギョレに寄稿。

上のようなアホな認識を披露した。

戦前の歴史を知る韓国や中国の人々にとって衝撃だろうって、どういう意味?自分の国の歴史ですら、偽造だらけの国、韓国、中国が、日本の戦前の歴史など知るわけないだろう。

 だいいち、中国はチベット、ウィグル、モンゴルなどの少数民族を弾圧。国内の反体制は、政治犯収容所に入れている。

 また、韓国は、保導連盟事件済州島4・3事件、米軍基地村慰安婦を隠して、慰安婦像にしがみつく欺瞞国家なのだから、山口二郎こそ、韓国人を甘やかしてますます韓国人の神経症を重症にさせる鬼の所行をしていることになる。

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戦後民主主義の源流クリスチャン南原繁

 東大の教授たちは、終戦の詔勅を東大学内で全学部長がともに拝聴して、すぐに総長室に集まって、とりあえず「戦時研究」をこの際中止すると決めた。

 しかし、敗戦して、占領されるのだから、戦時研究をする意味もないのだから、決めるほどの意味もない。それをあえて決めたから、まるで永遠に国防の必要がないかのように、世界の先進国、準先進国のどこにもない、軍事研究、国防研究のない国になった。

 

 戦後日本知識人の戦争把握は、もっぱら東大総長(戦後初の東大総長)の講話によって、啓蒙された。

 なぜならば、昭和21年のその年、南原繁は戦争について、安田講堂で一か月に一度のペースで講和を行い、これを新聞各紙はほとんど全文を掲載して、新聞を読む立場の人はこぞって読んでいたからである。

 

 「祖国を興すもの」という演題の講話などは、小冊子になって、一般の書籍とした大変な売れ行きだった。

 

 戦前は平泉澄きよしという狂気の皇国史観の宣伝屋が陸軍士官学校に空中楼閣の本土決戦思想を吹き込んだが、戦後は、南原繁が、戦後マスゴミの産婆役たる東大の学内で、「絶対平和思想」を口から先に生まれたような南原総長が吹き込み始めた。

 

 南原が一貫して述べた事は、「日本を戦争に追い込んだ最大の原因は、日本人全体が精神的に独立した存在になっていないということ」だった。

 

 「ヨーロッパにおいては人間はルネサンス宗教改革があったから、人間は、日本とちがって、自立していた」と言うのであるが、もちろん、この南原の言うことは口からでまかせの嘘、思いつきの間違いである。

 ルネサンス宗教改革で自立していたから、戦争が起きないというなら、それ以降のヨーロッパ国内の無数の戦争、第一次世界大戦はいったいどういう事なのか。まったくつじつまの合わない南原の話を当時の知識人はありがたくおしいただいた。

 

 朝日新聞が昭和21年2月12日付けで掲載した南原の講話では、「満州事変以来軍国主義者たちに災いされてシナ事変、太平洋戦争と展開して今日の事態におかれるようになった」と南原は語った。

 

 この「満州事変以来の軍国主義」とは、その後現在まで、日本共産党系、旧社会党系の歴史家によって規定される「15年戦争史観」の皓歯である。

 敗戦の混乱の中で、朝日新聞は、南原繁という道化の存在を利用して、一気に「満州の日本軍は本来、ソ連(ロシア)侵略主義を満州、モンゴル、日本人の危険から守るためのもの」という意味を日本人の頭から消し去って、ソ連(ロシア)を擁護してあげた。

 

 朝日新聞と南原は連携して、盛んになにを国民に吹き込もうとしたかと言えば、「ヨーロッパでは、宗教改革があったから、戦争がなかった」と嘘をつきつつ、「宗教改革」「宗教改革」と連呼して、「奴隷の生活」という言葉を挟み込みながら、「世界市民」としてみずからを形成する、と強調した。

 

 立花隆はこのあたりを巧妙に民族宗教の放棄へ向けて誘導して解説する。

 民即宗教である神宮、神社と「世界侵略の八紘一宇」は本来は無関係。当然だが、八紘一宇とは、世界の視野を知らない時代に日本の国内の土地を想定して表現したものである。

 

 ところが、立花隆は、世界侵略の八紘一宇などというものを押し立てた民族宗教は放棄して「世界市民」になるべきだ、と言う。

 

 神社。神宮で日本人はいちいち、日本民族は世界一とか、天皇陛下万歳なんてことは思いもしない。神社神宮と皇国思想はイコールではないのである。

 

 キリスト教に十字軍の歴史があってもキリスト教が球団され、廃棄されないなら、日本だけが神社神宮を廃止しなければならない何の理由があろうか。

 

 南原は「生か死か。永遠の屈辱か、それとも自由独立の回復か。そのいずれを選ぶかは諸君自身の決定にゆだねられているのだ」と、いったいなんのことを言っているのかわからない形で言っておいて、2ヶ月後の講話では、朝日新聞が南原の講話の見出しに

 「道徳的に責任あり」

 「拝察される陛下の苦悩」とやって、天皇陛下に法的、憲法的の責任はなくても、道徳的に責任はある。本人自身が自覚して退位するのが本当ではないか、というあてこすりを朝日は、南原繁と二人三脚で行った。

 

 なぜ朝日新聞南原繁、そしてその共鳴者たちが、皇室を廃止したいかと言えば、病膏肓に入るほどにマルクス主義にかぶれていたからである。

 ましてや、この時点でまだソ連中国共産党マルクス主義者の希望の星だった。なぜマルクス主義だと皇室否定になるのか、それは、「宗教はアヘンだから」ではない。フランス革命の王室ギロチン処刑、ロシア革命の皇帝一族皆殺しを、彼らはブルジョア民主主義革命と規定しているからで、日本には、まだブルジョア民主主義革命が達成されていないから、まずは処刑はともかく、廃止してしまって、次は労働組合推薦の国会議員を多数派にした議会が法案を提出して財閥を解体して、国有化してしまう、そうして、ソ連中国共産党と連携して、アメリカのリベラル、社会主義と連携するという妄想をふとこったのが、朝日新聞岩波書店マルクス主義大学教授たちである。

 

 現在の女系天皇制派、退位の自由派たちがなぜ、皇室消滅、消滅へと誘導したがるかというと、この戦後初期の南原繁ら、長老知識人の「天皇制を廃止せよ」「人間として奴隷から脱する宗教改革を己の手で成し遂げるのだ」という指令を守っているからである。

 

 「今次の大戦において陛下に法的の責任のないことは明白である。しかし、その御聖代においてかくのごとき、大戦が起こり、しかも肇国(ちょうこく)以来の完全なる敗北で国民を悲惨な状態に音しれたことについては宗祖に対しまた国民に対し道徳的、精神的な責任を感じていられるのは、けだし陛下であろうと、私は推察する。」

 足利尊氏織田信長でもあるまいし、南原繁は政府に成り代わって、戦後もっとも発言力、発信力のある東大総長、朝日新聞のラインを通して、国民に「天皇陛下は戦争の責任をとって、退位されるのではないでしょうか」とやった。

 

 しかも、その時期まで、南原繁は示唆していた。

 「平和条約締結後」すぐが一番いい機会じゃにですか?と。

 学習院長安倍能成よししげは、自叙伝に「南原君は明確に御退位節を唱えて私にも語った。」と。安倍能成よししげもまた、退位賛成派だった、と安部自身が語っている。

 

 しかし、これは基本的におかしいのではないか。戦争というのは、そもそも必ず勝利するものでも、かならず敗戦が決まっているものでもない。決まっているなら、世界にどんな戦争も起きない。天皇が、途中で停戦講和を示唆しなかったというわけでもない。

 ならば、「敗戦したら、退位」「勝利ならそのまま」というのは、変な制度ではないのか。戦前から、美濃部の天皇は国家の一機関だという説は実のところ、通説だった。ならば、一機関である天皇を「敗戦なら退位」「勝戦ならそのまま」では、「政府外務省」が日本を運営していたのか、天皇が運営していたのか、どちらだったのか、「政府外務省」に決まっているではないか。その事実を無視して、なんとなく、「天皇退位、天皇退位」と言い張ったのが、それこそ、英国知識人並の論理力の欠落した田舎学者の安倍能成よししげと南原繁高木八尺やさかだった。

 

 天皇陛下ご自身が宮中で殺人事件を起こした、とか暴言妄言でどうにも公にもならないと言ったような驚天動地のケースでならともかく、政府の失策を「采配しない」立憲君主が責任を取るなどという馬鹿なことはない。

 これが許されるためには、ただひとつ、法に「戦で敗れた場合は、その代は退位すべし」という規定がある場合だが、そんな規定があるわけがない。立憲君主制天皇は開戦の発案者にはなりえないのだから。

 

 立花隆南原繁も、天皇無答責の立場に置くために、輔弼の制度がある、と解釈しているが、これはまったくの間違いである。

 ※「天皇と東大」352ページ5行目

 なぜ輔弼の制度があるかというと、「天皇無答責」にするためではない。

 近代、現代では、司法、立法、行政、国際関係分析、科学的知見、あらゆる分野の知識が高度化細分化して、どんな天才を持ってしても、正しい総合的な洞察力を持つのは、不可能だからである。これが、古代ならば、当代国家の最高の知性がそのまま国王とその側近グループだということは、あり得た。

 

 天皇と側近が無知なのは、近代以後の人類の知識の膨化の必然なのである。

 この必然がまた、自由主義国家の全体主義国家に対する優越性の根拠にもなっている。いつどこでどんな発見がなされるか、どんな優秀な指導者(たち)にも把握することが不可能だから、かならず、一党独裁体制は没落する。

 立憲君主制の君主と大統領の何が違うのかというと、大統領は、単に選挙で選ばれたからというだけではなく、国民の目によって、「政治感覚、識見、度胸、発言の説得力など、指導者としての能力を選挙戦の中で吟味される選良だという点が君主とは異なる。君主の場合、政治識見を持つことが条件ではない。

 だからこそ、天皇は無答責だという必然性もある。

 ※戦前の日本の首相が、政党の党首から選ばれることない、元老に推薦を受けて就任する首相だったという点でも、日本は制度設計の上でアメリカに比べて能力の劣る首相になる恐れが大きいといえた。

 また、ソ連の首脳は、当時、革命第一次世代だったこともあって、日本に比べれば、はるかに、政治的洞察力に長けていたといえるだろう。

 

 南原繁は「国民の道義的精神生活の中心点は天皇」だと、一切思ってもいないことをしゃあしゃあと言って、だから、道義的責任を取って退位せよ、と言う。国民の道義的精神生活の中心点は天皇」だなどという事は事実として、架空の嘘宣伝である。

 

 これでは、まるで「陛下陛下」と意識しない時代の日本民衆がまるで道徳心がなかったみたいではないか。

 

 南原繁は奇妙な事を言っている。「当時保守派が、一億総懺悔ざんげ、と言った。これでは、誰も責任を取らないから、誰かが責任をとらねばならん。それが天皇だ」と。

 馬鹿げ理屈である。なんで一億総懺悔はだれも反省しないことになるのか。一億反省であって、「一億反省しない」にならない。天皇責任論のほうが、むしろ、一億無責任につながる、と考えるほうが正しい。

 第一、責任を誰も取らないというのも、間違いで、多くの将兵は自殺を遂げた。むしろ、責任を取らずにのうのうとしていたのは、風間章(近衛内閣の官房長官格)はじめ、戦後の親中国派、ソ連派に多い。

 

 高木八尺(たかぎやさか)は、クエーカー派のクリスチャンで、内村鑑三の影響を受けた「絶対平和論者」の米国史の専門家だが、高木八尺やさかは「権力は道徳に優越しない」という理屈で、「権力者である天皇は、道徳にしたがって、日本を悲惨な敗戦状況に陥れた道義的罪悪に頭を垂れて、退位せよという理屈を立てた。

 

 これを南原は、「権力は道徳に優越しない高木さんの示唆もあり」天皇陛下は退位なさるべきだという。

 

 しかし、これはかなり手のこんだ屁理屈なのである。

 なぜなら、日露戦争でも、形式的に勝った、ということになっているが、大勢の尊い命が戦場に犠牲になった、「道徳的に」死んだ庶民兵士に悪いと思うなら、退位すべき。権力は道徳に優越しない。と主張した場合にも、通ると言えば通る理屈なのだ、これは。

 

 「権力は道徳に優越しない」と言ってしまえば、スターリンの対ドイツ戦も、あまりにも、ソ連国民を犠牲してしまっての勝利である以上、道義的には、罪ありということになってしまうし、「権力は道徳に優越しない」論は、時の敗北した側の権力層に対する、批判、排撃の手段としては、非常に巧妙な手段と言える。

 

 なぜ、高木八尺木戸幸一南原繁朝日新聞社説を肇として「天皇の道徳意識による退位」論が、噴出したのだろうか。

 これは皇室廃止論を言わずに皇室を廃止する戦術なのである。

 なぜならば、当時、日本の労働者は、ソ連中国共産党の暗部がまったく見えない状態であったために、戦前の経済破綻から続く敗戦後の経済混乱から貧困に直面して、ソ連社会主義への共感を抱き始めていた。

 ソ連は皇帝排撃を断行して成立した「労働者、農民弱者のための人類の歴史の必然を標榜する国家」だったから、天皇廃止論者たちには、天皇に退位させれば、国民は、新天皇皇位継承にあたって、寿ぎ、歓迎する状況にない、と踏んだと考えられるのだ。

 

 南原繁は、内村鑑三の弟子であり、無教会派クリスチャンの「熱心な信者」だった。熱心なクリスチャンに「神社」も「神宮」も神前結婚式も、伊勢参りもなんの関係もないし、それら日本の暮らしに根付いた慣習が無くなってもどうでもいいのが、熱心なクリスチャンの南原繁とクェーカー教徒で東大教授の高木八尺であった。

 

 戦後日本は、まかり間違えばクリスチャンの東大総長南原繁と左翼反英米親ソの朝日新聞の「天皇陛下は道義的に心を痛めておられる」宣伝によって、皇室廃止に追い込まれかねなかったのである。

 

 南原繁は「真理と正義は我らの上にはなく、米英の上にとどまった。」と言った。実に軽薄ではないか。もし、戦争に勝利した側が、勝ったからといって、「真理」と「正義」だと言うなら、ソ連の「収容所列島化」は「真理」と「正義」の国の帰結ということになり、国民党と共産党の戦争に勝利した中国一党独裁政権は「真理」と「正義」の国だったことになる。

 また、アメリカにも、過ちがあったことは、アメリカの原爆開発に関与した科学者たちが、日本に直接投下するのではなく、無人島などへの投下を、まず、日本に見せてから、日本の出方を見るべきだ、という提起を多数派の見解として提出したという事実、ルーズベルトが日本に先に攻撃させるために、ハワイ司令部に日本からの攻撃の可能性を通知しなかったこと、ハルノートで、日本を追い込んでいる事実を議会、マスコミに秘匿していた事実からも、アメリカに完全なる「真理」と「正義」があったわけではないことは、明らかになっている。

 なによりも、熱心な無抵抗主義のクリスチャン、内村鑑三の弟子だった南原繁が、原爆投下について、なんら頓着なく、「真理」と「正義」と言える神経はどこからくるのだろうか。まともな思考力があるとはとても思えない。

 

 

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国家社会主義が台頭してきた日本

 (いまは存在しない国)ソ連とは、国家なき共産主義社会を目指すマルクス・レーニン主義国家を自称していたが、実態は、ロシア民族国家中心の覇権国家だった。

 そしてもう一つ言えることは、ソ連グローバリズム共産主義を自称していたが、実際は、「国家社会主義」を実質的理念とする国家だったということである。

 混乱しやすいのは、グローバリズム共産主義も非グローバリズム共産主義も、どちらでも大きな反人類の思想であることに変わりはない。

 

 「経済の計画主義」と「人民主権」思想は、反グローバルの国家保持でも、グローバルな国家解体の世界政府構想でも、どちらでも結果は同じ人類の悲惨な末路につながる。

 ここを勘違いして、ソ連スターリニズムだから、偽の共産主義だと批判したのが、極左である。スターリンだろうが、誰だろうが、よい共産主義など無い。

 真に国家を廃絶しようとしても、結局は人類にとって災厄になる。

 ほんとうの陥穽は、国家ではなく、「経済を国家として統制する計画主義」と、「人民主権」理論こそが問題だからである。

 国際金融資本批判は、ここが等閑視れる議論だから、百害あって一利なしなのだ。

 

 ナチスドイツの場合は、ソ連とちがって、自覚的な国家社会主義で、ソ連のように国民にわれわれの共産主義人類に普遍的な科学的社会主義に基づくもので、世界の労働者と連帯しているのだ・・・なんて嘘を教えたりはしなかった。

 

 ナチスは、別の大嘘をたくさん教えたわけだ。

 

 アメリカは日本の保守言論の一部から、次のように見られている。

 国家を超越したグローバリスト国家、全世界をアメリカの支配層であるユダヤ金融資本の支配下におこうとする勢力にコントロールされた国家だ、と。

 

 実際には、アメリカは国民国家である。国家否定を目指す国家でもなんでもない。レッキとした国益追求国家である。むしろ、日本人はアメリカをグロバリズム国家と非難する前に、アメリカの爪のアカを煎じて飲んで、自国の国民の安穏とした生活を断固として守る決意で国防を固めるべきなのである。

 

 では、ロシアとはなにかといえば、ソ連よりはましになった、ならず者国家である。まず、政敵の暗殺が多すぎる。これは致命的に反自由の証拠である。

 日本、アメリカとはそこそ同類とすれば、ロシア・北朝鮮・中国は政権の敵が死刑、暗殺、処刑・拷問・収容される国家という同類性を持つ。

 そういう点で、ソ連の延長線にある国家がロシアだ。

 そして、特筆すべきロシアの特徴が、ソ連が違法に奪った日本の領土を以前として不当占拠を継続しているということである。

 

 韓国とはなにか。日本人をあきれさせる民度の低い国家が隣国として存在する迷惑性・・・これである。

 端的に例をあげれば、韓国人が主張する歴史認識問題の資料の間違い、これがまったく、中学生の授業レベルのしっちゃかめっちゃか、誤読と勘違いだらけだというのが、基本的構図である。第一、わかりやすい話が日本には、観光地に文学碑、歌手の記念碑が無数にあって、これはこれでやりすぎの面があるが、これが韓国では、慰安婦、強制徴用(?)労働者の像の半島全域への乱立だとなれば、その阿呆さ加減がわかろう。

 

 これが北朝鮮になると、ほっておくと、人類史に残る災厄の火だねとなりかねない恐ろしい存在であろう。この国のやっていることへの対処が出来ない日本国民の無責任、ほっぽり出しは、将来起こりうる大災厄、すなわち、核ミサイル、化学兵器の日本国内での炸裂の事態における子どもたちの惨憺たる被害の恐れを除去することを怠る日本人の大罪でもある。

 

 

 チャンネル桜という番組の水島総氏のよいところは、けっして自分の政治信条に近いという事を確認した上でなければ、番組に出演依頼しない、と言ったような狭量なところがないところである。

 

 この長所は、短所に勝ってあまりあるが、短所とは、アメリカが国際金融資本のコントロール下にある、あるいはコントロールされている側面が多分にある、という事を重要視する人間とあまり重要視しない人間が一堂に会して自分の意見を開陳する事がしばしばあるということである。

 

 その際、自他の相違を認識して侃々諤々いいあえば、問題が浮き彫りになるのだが、基本、「討論討論討論」と称するチャンネル桜の議論は、、議論ではあっても、討論ではない。

 

 田母神氏という元航空幕僚長が選挙資金で不正をしたという容疑で起訴されたという件は、水島総氏の告発から始まった。これに対して、田母神氏に非はないという立場に立つ人たちは、水島氏に対して嫌な印象を持った。

 

 そういう水島氏に嫌な印象を持ちもし、またそれ以前から水島氏に共鳴しないところが多々あるという人々のひとりが「日本第一党」という政党の瀬戸弘幸というお人だ。

 

 この瀬戸弘幸という人の主張に「国家社会主義」がある。

 そして、ここがおもしろいところなのだが、せと弘幸氏の支持者が、せと弘幸氏のブログにコメントしている内容と、水島総氏が運営するチャンネル桜の動画にコメントしている人々の世界観が、重要な点で同じなのである。

 

 重要な点とは、なにか。アメリカが国際金融資本のコントロール下にある、あるいはコントロールされている側面が多分にある、という事を重要視している人々が、非常に多いということだ。

 これは、世界情勢の壮大な把握という意味で、既成政党の枠を超えているもので、社民党共産党国会議員が、国民に向けて、アメリカはユダヤ国際金融資本に牛耳られているから、注意するべきなんですよ、とはまず言わない。

 

 はっきり言って、ユダヤ国際金融資本がアメリカだか、世界だかを牛耳っているなんてのは、大風呂敷も度を越して、結局、何を言ったことにもならない空論にしか至らない。

 

 日本の国益を守るためには、競合相手は、国際金融資本ではなく、アメリカという国民国家である。とこう言っても、聞く耳持つまい、国際金融資本の意思を信じたい人は、韓国人の従軍慰安婦、強制徴用に終着するのを同じ執着の対象だから、仕方が無い。

 

 私は保守思想を胸に抱いているが、「国家社会主義」「共産主義」はどちらも否定する。

 念のためにいうと、チャンネル桜も「日本第一党」も「国家社会主義」と非常に親和性がある。

 

 彼らがしばしば共通して発言している、アメリカの「グローバリズム」の「グローバリズム」とは、共産主義のことなのである。ところが、共産主義は、財閥、巨大企業、私有財産の偏在を否定したいという基本原則があるから、「国際金融資本」とは矛盾する。

 

 これは、世界の商品市場、金融商品市場が国際通貨、国際取引のルールで取引されていていること、このルールを知悉している側が利益を出すに有利であることから、国家の枠を超えた共通ルールがあるということと、国家利益の競争を否定したい「地球市民」的な左翼思想のグローバル性を近藤しているのである。

 

 つまり、国民国家の枠組みを肯定する者が、国際金融市場のルールを把握して、個人の資産を増やす、というイメージモデルが今後も長く続く人類の文明の型であって、国家を壊すことが国際金融資本の大きな目標として思い抱かれて遠大な計画が進められているなんてことはないのである。

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韓国最高層ロッテタワー、エレベーター事故起きた

www.chosunonline.com

韓国最高層ロッテタワーの展望台行き、エレベーターが故障した。

事故当時、エレベーターには39人が乗っていた。乗客は、オープン前の招待イベントに参加した役員・社員の家族らで、事故の一報を受けて駆け付けた施設管理職員によって5時40分ごろ救助された。

 韓国では、役員・社員の家族のわがま、激怒は有名。

 今回の管理会社、現場担当者は戦々恐々としていることと推察され、非常に気の毒なことである。

 

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林淳治著 「ヒトラーはなぜユダヤ人を憎悪したか」

林淳治著 「ヒトラーはなぜユダヤ人を憎悪したか」

 

この本のあとがきには、「日本軍がベトナムに進駐したのも、アメリカから石油の全面輸出禁止の制裁を受けたからである。」238ページ。

 と書いてある。

 

 日本の戦前・戦中史の知識はこのように、知識人でさえ、頭の中が混乱しているのである。実際には、アメリカの石油全面禁輸があったから、ベトナムに進駐したのではなく、ベトナム進駐のあとに、アメリカの石油禁輸措置があった。

 

 1940年に日独提携のあとに、くず鉄禁輸。1941年に銅禁輸。

 この後に、日本は1941年、6月25日、大本営政府連絡会議で、ベトナムサイゴン進駐を決定する。

 

 アメリカは野村大使にサイゴン進駐するなら、石油禁輸すると警告。

 日本はこれを無視して、7月28日にサイゴン進駐開始。

 

 8月1日、アメリカ、日本への石油禁輸発表である。

 

 以上のように、石油禁輸が先で、サイゴン進駐が後ではない。

 

 しかし、なぜか林順治は、「日本軍がベトナムに進駐したのも、アメリカから石油の全面輸出禁止の制裁を受けたからである。」と書く。

 どうしてこういう間違いをするのか、理解しがたい。

 

 しかし、反安倍政治の林と逆の右翼的な人も石油禁輸制裁で追い込まれたから、やむを得ず戦争になった、という人がいるが、そんな事は無い。

 

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「雪の日」 大西巨人作 講談社文藝文庫「五里霧」所収

登場人物は、二・二六事件の翌日に映画「人生劇場」を見に行く。

人生劇場は、現代日本では、すっかり忘れられた尾崎士郎の「小説」でもあり、それを原作とする映画が何度か作られた作品でもある。

 

 現代日本人は「人生劇場」という小説が川端康成に激賞された事実もほとんど知っている人はいない。

 

 そういう一般的にすっかり日本人の記憶にはない、この小説の一場面をこの登場人物は、心に刻んで生きてきた。

 「人の真似をするんじゃねえぞ。・・・・ひとりですっと立って行け」

 

 月明かりの山野を行進する戦死者の亡霊。

 亡霊を見た青年は亡霊に呼びかける。

 君たちは、あの最後の、無謀な戦争のために、そうして今でも歩き続けるのか、と。

 

 亡霊は答える。バカめ。次の戦争のためにだよ。

 

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