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戦後民主主義の源流クリスチャン南原繁

 東大の教授たちは、終戦の詔勅を東大学内で全学部長がともに拝聴して、すぐに総長室に集まって、とりあえず「戦時研究」をこの際中止すると決めた。

 しかし、敗戦して、占領されるのだから、戦時研究をする意味もないのだから、決めるほどの意味もない。それをあえて決めたから、まるで永遠に国防の必要がないかのように、世界の先進国、準先進国のどこにもない、軍事研究、国防研究のない国になった。

 

 戦後日本知識人の戦争把握は、もっぱら東大総長(戦後初の東大総長)の講話によって、啓蒙された。

 なぜならば、昭和21年のその年、南原繁は戦争について、安田講堂で一か月に一度のペースで講和を行い、これを新聞各紙はほとんど全文を掲載して、新聞を読む立場の人はこぞって読んでいたからである。

 

 「祖国を興すもの」という演題の講話などは、小冊子になって、一般の書籍とした大変な売れ行きだった。

 

 戦前は平泉澄きよしという狂気の皇国史観の宣伝屋が陸軍士官学校に空中楼閣の本土決戦思想を吹き込んだが、戦後は、南原繁が、戦後マスゴミの産婆役たる東大の学内で、「絶対平和思想」を口から先に生まれたような南原総長が吹き込み始めた。

 

 南原が一貫して述べた事は、「日本を戦争に追い込んだ最大の原因は、日本人全体が精神的に独立した存在になっていないということ」だった。

 

 「ヨーロッパにおいては人間はルネサンス宗教改革があったから、人間は、日本とちがって、自立していた」と言うのであるが、もちろん、この南原の言うことは口からでまかせの嘘、思いつきの間違いである。

 ルネサンス宗教改革で自立していたから、戦争が起きないというなら、それ以降のヨーロッパ国内の無数の戦争、第一次世界大戦はいったいどういう事なのか。まったくつじつまの合わない南原の話を当時の知識人はありがたくおしいただいた。

 

 朝日新聞が昭和21年2月12日付けで掲載した南原の講話では、「満州事変以来軍国主義者たちに災いされてシナ事変、太平洋戦争と展開して今日の事態におかれるようになった」と南原は語った。

 

 この「満州事変以来の軍国主義」とは、その後現在まで、日本共産党系、旧社会党系の歴史家によって規定される「15年戦争史観」の皓歯である。

 敗戦の混乱の中で、朝日新聞は、南原繁という道化の存在を利用して、一気に「満州の日本軍は本来、ソ連(ロシア)侵略主義を満州、モンゴル、日本人の危険から守るためのもの」という意味を日本人の頭から消し去って、ソ連(ロシア)を擁護してあげた。

 

 朝日新聞と南原は連携して、盛んになにを国民に吹き込もうとしたかと言えば、「ヨーロッパでは、宗教改革があったから、戦争がなかった」と嘘をつきつつ、「宗教改革」「宗教改革」と連呼して、「奴隷の生活」という言葉を挟み込みながら、「世界市民」としてみずからを形成する、と強調した。

 

 立花隆はこのあたりを巧妙に民族宗教の放棄へ向けて誘導して解説する。

 民即宗教である神宮、神社と「世界侵略の八紘一宇」は本来は無関係。当然だが、八紘一宇とは、世界の視野を知らない時代に日本の国内の土地を想定して表現したものである。

 

 ところが、立花隆は、世界侵略の八紘一宇などというものを押し立てた民族宗教は放棄して「世界市民」になるべきだ、と言う。

 

 神社。神宮で日本人はいちいち、日本民族は世界一とか、天皇陛下万歳なんてことは思いもしない。神社神宮と皇国思想はイコールではないのである。

 

 キリスト教に十字軍の歴史があってもキリスト教が球団され、廃棄されないなら、日本だけが神社神宮を廃止しなければならない何の理由があろうか。

 

 南原は「生か死か。永遠の屈辱か、それとも自由独立の回復か。そのいずれを選ぶかは諸君自身の決定にゆだねられているのだ」と、いったいなんのことを言っているのかわからない形で言っておいて、2ヶ月後の講話では、朝日新聞が南原の講話の見出しに

 「道徳的に責任あり」

 「拝察される陛下の苦悩」とやって、天皇陛下に法的、憲法的の責任はなくても、道徳的に責任はある。本人自身が自覚して退位するのが本当ではないか、というあてこすりを朝日は、南原繁と二人三脚で行った。

 

 なぜ朝日新聞南原繁、そしてその共鳴者たちが、皇室を廃止したいかと言えば、病膏肓に入るほどにマルクス主義にかぶれていたからである。

 ましてや、この時点でまだソ連中国共産党マルクス主義者の希望の星だった。なぜマルクス主義だと皇室否定になるのか、それは、「宗教はアヘンだから」ではない。フランス革命の王室ギロチン処刑、ロシア革命の皇帝一族皆殺しを、彼らはブルジョア民主主義革命と規定しているからで、日本には、まだブルジョア民主主義革命が達成されていないから、まずは処刑はともかく、廃止してしまって、次は労働組合推薦の国会議員を多数派にした議会が法案を提出して財閥を解体して、国有化してしまう、そうして、ソ連中国共産党と連携して、アメリカのリベラル、社会主義と連携するという妄想をふとこったのが、朝日新聞岩波書店マルクス主義大学教授たちである。

 

 現在の女系天皇制派、退位の自由派たちがなぜ、皇室消滅、消滅へと誘導したがるかというと、この戦後初期の南原繁ら、長老知識人の「天皇制を廃止せよ」「人間として奴隷から脱する宗教改革を己の手で成し遂げるのだ」という指令を守っているからである。

 

 「今次の大戦において陛下に法的の責任のないことは明白である。しかし、その御聖代においてかくのごとき、大戦が起こり、しかも肇国(ちょうこく)以来の完全なる敗北で国民を悲惨な状態に音しれたことについては宗祖に対しまた国民に対し道徳的、精神的な責任を感じていられるのは、けだし陛下であろうと、私は推察する。」

 足利尊氏織田信長でもあるまいし、南原繁は政府に成り代わって、戦後もっとも発言力、発信力のある東大総長、朝日新聞のラインを通して、国民に「天皇陛下は戦争の責任をとって、退位されるのではないでしょうか」とやった。

 

 しかも、その時期まで、南原繁は示唆していた。

 「平和条約締結後」すぐが一番いい機会じゃにですか?と。

 学習院長安倍能成よししげは、自叙伝に「南原君は明確に御退位節を唱えて私にも語った。」と。安倍能成よししげもまた、退位賛成派だった、と安部自身が語っている。

 

 しかし、これは基本的におかしいのではないか。戦争というのは、そもそも必ず勝利するものでも、かならず敗戦が決まっているものでもない。決まっているなら、世界にどんな戦争も起きない。天皇が、途中で停戦講和を示唆しなかったというわけでもない。

 ならば、「敗戦したら、退位」「勝利ならそのまま」というのは、変な制度ではないのか。戦前から、美濃部の天皇は国家の一機関だという説は実のところ、通説だった。ならば、一機関である天皇を「敗戦なら退位」「勝戦ならそのまま」では、「政府外務省」が日本を運営していたのか、天皇が運営していたのか、どちらだったのか、「政府外務省」に決まっているではないか。その事実を無視して、なんとなく、「天皇退位、天皇退位」と言い張ったのが、それこそ、英国知識人並の論理力の欠落した田舎学者の安倍能成よししげと南原繁高木八尺やさかだった。

 

 天皇陛下ご自身が宮中で殺人事件を起こした、とか暴言妄言でどうにも公にもならないと言ったような驚天動地のケースでならともかく、政府の失策を「采配しない」立憲君主が責任を取るなどという馬鹿なことはない。

 これが許されるためには、ただひとつ、法に「戦で敗れた場合は、その代は退位すべし」という規定がある場合だが、そんな規定があるわけがない。立憲君主制天皇は開戦の発案者にはなりえないのだから。

 

 立花隆南原繁も、天皇無答責の立場に置くために、輔弼の制度がある、と解釈しているが、これはまったくの間違いである。

 ※「天皇と東大」352ページ5行目

 なぜ輔弼の制度があるかというと、「天皇無答責」にするためではない。

 近代、現代では、司法、立法、行政、国際関係分析、科学的知見、あらゆる分野の知識が高度化細分化して、どんな天才を持ってしても、正しい総合的な洞察力を持つのは、不可能だからである。これが、古代ならば、当代国家の最高の知性がそのまま国王とその側近グループだということは、あり得た。

 

 天皇と側近が無知なのは、近代以後の人類の知識の膨化の必然なのである。

 この必然がまた、自由主義国家の全体主義国家に対する優越性の根拠にもなっている。いつどこでどんな発見がなされるか、どんな優秀な指導者(たち)にも把握することが不可能だから、かならず、一党独裁体制は没落する。

 立憲君主制の君主と大統領の何が違うのかというと、大統領は、単に選挙で選ばれたからというだけではなく、国民の目によって、「政治感覚、識見、度胸、発言の説得力など、指導者としての能力を選挙戦の中で吟味される選良だという点が君主とは異なる。君主の場合、政治識見を持つことが条件ではない。

 だからこそ、天皇は無答責だという必然性もある。

 ※戦前の日本の首相が、政党の党首から選ばれることない、元老に推薦を受けて就任する首相だったという点でも、日本は制度設計の上でアメリカに比べて能力の劣る首相になる恐れが大きいといえた。

 また、ソ連の首脳は、当時、革命第一次世代だったこともあって、日本に比べれば、はるかに、政治的洞察力に長けていたといえるだろう。

 

 南原繁は「国民の道義的精神生活の中心点は天皇」だと、一切思ってもいないことをしゃあしゃあと言って、だから、道義的責任を取って退位せよ、と言う。国民の道義的精神生活の中心点は天皇」だなどという事は事実として、架空の嘘宣伝である。

 

 これでは、まるで「陛下陛下」と意識しない時代の日本民衆がまるで道徳心がなかったみたいではないか。

 

 南原繁は奇妙な事を言っている。「当時保守派が、一億総懺悔ざんげ、と言った。これでは、誰も責任を取らないから、誰かが責任をとらねばならん。それが天皇だ」と。

 馬鹿げ理屈である。なんで一億総懺悔はだれも反省しないことになるのか。一億反省であって、「一億反省しない」にならない。天皇責任論のほうが、むしろ、一億無責任につながる、と考えるほうが正しい。

 第一、責任を誰も取らないというのも、間違いで、多くの将兵は自殺を遂げた。むしろ、責任を取らずにのうのうとしていたのは、風間章(近衛内閣の官房長官格)はじめ、戦後の親中国派、ソ連派に多い。

 

 高木八尺(たかぎやさか)は、クエーカー派のクリスチャンで、内村鑑三の影響を受けた「絶対平和論者」の米国史の専門家だが、高木八尺やさかは「権力は道徳に優越しない」という理屈で、「権力者である天皇は、道徳にしたがって、日本を悲惨な敗戦状況に陥れた道義的罪悪に頭を垂れて、退位せよという理屈を立てた。

 

 これを南原は、「権力は道徳に優越しない高木さんの示唆もあり」天皇陛下は退位なさるべきだという。

 

 しかし、これはかなり手のこんだ屁理屈なのである。

 なぜなら、日露戦争でも、形式的に勝った、ということになっているが、大勢の尊い命が戦場に犠牲になった、「道徳的に」死んだ庶民兵士に悪いと思うなら、退位すべき。権力は道徳に優越しない。と主張した場合にも、通ると言えば通る理屈なのだ、これは。

 

 「権力は道徳に優越しない」と言ってしまえば、スターリンの対ドイツ戦も、あまりにも、ソ連国民を犠牲してしまっての勝利である以上、道義的には、罪ありということになってしまうし、「権力は道徳に優越しない」論は、時の敗北した側の権力層に対する、批判、排撃の手段としては、非常に巧妙な手段と言える。

 

 なぜ、高木八尺木戸幸一南原繁朝日新聞社説を肇として「天皇の道徳意識による退位」論が、噴出したのだろうか。

 これは皇室廃止論を言わずに皇室を廃止する戦術なのである。

 なぜならば、当時、日本の労働者は、ソ連中国共産党の暗部がまったく見えない状態であったために、戦前の経済破綻から続く敗戦後の経済混乱から貧困に直面して、ソ連社会主義への共感を抱き始めていた。

 ソ連は皇帝排撃を断行して成立した「労働者、農民弱者のための人類の歴史の必然を標榜する国家」だったから、天皇廃止論者たちには、天皇に退位させれば、国民は、新天皇皇位継承にあたって、寿ぎ、歓迎する状況にない、と踏んだと考えられるのだ。

 

 南原繁は、内村鑑三の弟子であり、無教会派クリスチャンの「熱心な信者」だった。熱心なクリスチャンに「神社」も「神宮」も神前結婚式も、伊勢参りもなんの関係もないし、それら日本の暮らしに根付いた慣習が無くなってもどうでもいいのが、熱心なクリスチャンの南原繁とクェーカー教徒で東大教授の高木八尺であった。

 

 戦後日本は、まかり間違えばクリスチャンの東大総長南原繁と左翼反英米親ソの朝日新聞の「天皇陛下は道義的に心を痛めておられる」宣伝によって、皇室廃止に追い込まれかねなかったのである。

 

 南原繁は「真理と正義は我らの上にはなく、米英の上にとどまった。」と言った。実に軽薄ではないか。もし、戦争に勝利した側が、勝ったからといって、「真理」と「正義」だと言うなら、ソ連の「収容所列島化」は「真理」と「正義」の国の帰結ということになり、国民党と共産党の戦争に勝利した中国一党独裁政権は「真理」と「正義」の国だったことになる。

 また、アメリカにも、過ちがあったことは、アメリカの原爆開発に関与した科学者たちが、日本に直接投下するのではなく、無人島などへの投下を、まず、日本に見せてから、日本の出方を見るべきだ、という提起を多数派の見解として提出したという事実、ルーズベルトが日本に先に攻撃させるために、ハワイ司令部に日本からの攻撃の可能性を通知しなかったこと、ハルノートで、日本を追い込んでいる事実を議会、マスコミに秘匿していた事実からも、アメリカに完全なる「真理」と「正義」があったわけではないことは、明らかになっている。

 なによりも、熱心な無抵抗主義のクリスチャン、内村鑑三の弟子だった南原繁が、原爆投下について、なんら頓着なく、「真理」と「正義」と言える神経はどこからくるのだろうか。まともな思考力があるとはとても思えない。

 

 

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