エンゲルス 「共産主義の諸原理」の悪魔性

現代左翼がなぜ敗北せざるをえないかというと、マルクスエンゲルスの認識がそもそも「ほとんどすべての労働部門が工場方式で運営されている」状態を普遍的な状態だと思い違いした上で、展開された思想だからである。

 

 そこで、マルクスエンゲルスの規定する「ブルジョワ階級」とは、大工場を所有する大資本家以外のなにものでもなかった。

 また、労働者とは、大規模工場労働者以外のなにものでもなかった。

 ところが、現代の先進国では、労働者とは、工場労働者ではなく、ましてや大資本家に雇われてもいない。

 

 「労働賃金の経済法則は、大工業がすべての労働部門を支配すればするほどますます厳密に貫徹されるだろう」

講談社学術文庫共産主義の諸原理」140ページ

というのだから、全社会における大工業労働者の割合がどんどん縮小していっている以上、この経済法則は貫徹しない、とエンゲルス自身が断言していることになる。

 

 エンゲルスにとって、資本主義の最終段階とは、「大工業とそこに従事する労働者」という構図が資本主義の最後の形態で、これ以外の構図は、自己崩壊するからあるはずのない資本主義だったのである。

 

 エンゲルスの考える労働者の自己解放とは、大資本家の権力、生命を奪って、労働者の代表が大資本なき社会の国家権力のもとに、社会の全生産手段を所有して、労働者に平等に労働を強制する社会を意味した。

 

 ところが、この理論に基づいて大資本家を追放した国々は、すべて全労働者が貧困に陥る結果を招いた。ソ連キューバベトナム、改革解放前の中国、エチオピアのメンギスツ政権、東ドイツポーランドがそれである。

 

 つまり、貧困にあえいだ諸国民が、大資本を追放したとき、そこに待っていたのは、共産党の支配と貧困以下の飢えと、反抗すれば死という収容所体制だった。

 

 マルクスエンゲルスがロシア人、キューバ人、エチオピア人、カンボジア人、ベトナム人、中国人、日本人をそそのかした結果、日本経由で、中国、韓国に共産主義が伝播して、共産党勝利した国々で、労働者、農民は餓死に追い込まれるはめになった。

 

 共産党宣言とは、「全体主義宣言」でもあった。

 講談社学術文庫共産党主義の諸原理」149ページ

「まったく新しい社会組織が必要とされる。その社会組織においては、もはやたがいに競争する個々の工場主ではなく、社会全体がひとつのしっかりした計画に応じて、すべてのものの欲望に応じて、工業生産を行うのだということである。」・・・すなわち全体主義である。

 

 エンゲルスは何を間違えたのか。

 党中央の知識人が統制する社会と、自生的な社会の未知な個人の自由な行動と思索から生じる発見との比較でどちらが優位になるかという観点をエンゲルスは持ち得なかったのである。

 これは、皮肉なことに、共産革命の成功した国と成功できない国の結末で判明した原理でもあった。

 

 そこで、中国、北朝鮮キューバカンボジアソ連などの共産革命の成功した国々は、例外なく、共産革命の成功しない国の達成する諸発明の果実に、例外なく、寄生、盗み取ることによって生き延びる事になった。そして、中国のように、大資本を国内に認めるいなや、大発展がはじまった。

 

 日本の社民主義者や日本共産党が「市民主義」を言い出したのは、農民も、小商工業事業主も、労働者も、ホワイトカラーである公務員も、皆、それぞれに立場がちがう少数派であり、これを包括的に「市民」と呼んで「市民」が政権奪取の主体になる、といわないかぎり、統一した多数派の意思を形成することが不可能だからである。

 

 これが、エンゲルスの生きていた時代には、工場で労働する労働者が、唯一革命主体の主人公に他ならなかったが、現代では、汗を流さない公務員があまりにも多いから、「市民」と呼ぶほかなくなったわけだ。

 

 共産主義の原理で決して見過ごし、忘れてはならない異様で、悪魔的そのものの原理がある。

 1.すべての児童を、彼らが母親の最初の世話から離れうるようになった瞬間から、「国民の施設で」「国民の費用」で教育すること。

日本では、共産党社民党民進党が盛んに保育園、高校の公教育を主張するが、共産主義の最終目標は、「家計への助力」という意味ではなく、家族解体と、女性の性からの速やかな国へのこどもの取り上げである。

 

 2.すべての粗悪な住居と市街地の取り壊し

 

 3.結婚によらないこどもに対しても、結婚によるこどもと同等の相続権。

つまり、結婚しないで子供を産むことの奨励。

 

 家族のない個人の奨励を意味する。

 

 なにゆえに、エンゲルスがこのような悪魔のような考えを抱き、家族の中にやすらぐ人間を廃止して、個人と国家と生物学的に産むだけの性にしようとしたかったかは不明。

 

 本当のところ、共産主義社会の条件として、なぜ<児童を、彼らが母親の最初の世話から離れうるようになった瞬間から、「国民の施設で」「国民の費用」で教育すること。>というけったいな綱領を設けたのか、その根拠は不明としか言いようがない。

 

 理由らしきものは、共産党宣言のなかの、親自身が資本主義イデオロギーに影響されているから、という些細に感じる理由しかあげていない。

 つまり、全体主義狂信者によるこどもの洗脳を国家が引きうける、と言っているのである。

 共産主義に反対するすべての人は、エンゲルス共産主義の原理」講談社学術文庫163ページに注意を向けるべきである。

 

 共産主義にとって、家族の幸福というのは、いっさい存在しない。

 夫婦とは、「私的所有を媒介とする妻の夫への従属」以外のなにものでもなく、

父子関係、母子関係は、「子供の親への従属」でしかない。

 したがって、うまれて、乳飲み子段階を過ぎれば、国家教育施設の保育園で育てるといっている。それはけっして、家族を前提とした家計補助なんかではない。

 

辻元清美の反天皇制論

辻元清美反天皇制

 

1998年第三書館「辻元清美の永田町航海記」で辻元清美は「私は、天皇制は日本国憲法主権在民法の下の平等という精神とは相容れないものだとずっと思っていた。」とある。

 

憲法の一条から八条までを削除したい、というのである。

 

 しかしこの辻元清美の論法はおかしい。

 というのは、日本国憲法の精神に相容れないというが、「主権在民」を表した条文それ自体が、主権のある日本国民の総意に基づくという、天皇条項にあって、天皇条項を消去すると、同時に主権在民規定も消えてしまうのである。

 前文には国民主権規定はあるが、条文には、天皇条項に込みで書かれているのである。そして、国民主権とは、国政、と政府、立法権の権力、司法権の由来のことを言っているのであり、天皇は「国政」に関与しない存在なのだから、前文の精神とも矛盾してはいない。

 

 辻元清美は、憲法1条から8条までを抹消するというが、抹消した場合、どの条文に

主権在民が明記されているというのだろうか。

 

 確かに天皇条項に主権のある日本国民の総意に基づくという文言がなかったならば、辻元清美のいう日本国憲法主権在民という原則と矛盾するという屁理屈も多少通ったかも知れないが、「主権のある」と決めたのも、日本国憲法なら、主権のある国民の総意なんだ、と決めたのも、日本国憲法なので、それ以外にどこにも根拠はないのだから、一方を消す根拠はどこにもないのである。

 ただ、辻元清美は「日本国憲法のこの部分は気にいらない」と言う気分を勝手に「矛盾する」と強弁しているに過ぎない。

 矛盾するもなにも、日本国憲法そのものが、「主権の存する国民の総意に基づく」と書いているんだから、矛盾していないとしか言いようが無いではないか。

 法のもとの平等とは、憲法14条に規定されているのであるが、これに違反するのは、「法律」であって、憲法条項が同じ憲法内の他の憲法条項を憲法違反などとする判断をする規定はない。

 つまり、辻元清美が勝手に憲法のこの部分は嫌いだと言っているに過ぎない。

 憲法規定そのものが、同じ憲法内の規定である別の規定である14条に矛盾しているから、消去すべきだという論法はありえない。

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マルクス「共産党宣言」と日本の新左翼の真実

共産党宣言

 

共産主義は、階級対立の廃棄を目指す

 

現代はブルジョワジー産業資本家・大富裕層支配の時代である。

 

国家権力はブルジョワジーの利益の代行者である。

 

奇妙なことに、マルクスは、ブルジョワジーが家族関係を金銭づくの関係にしたのだ、と言っているが、事実に反する。

 

 講談社学術文庫共産党宣言14ページ

ブルジョワジーは家族関係から、感傷的なベールをひきさいてそれを純粋な貨幣関係に還元した。」

 

 実際は、2010年ころから、日本の共産主義者たちが強力に推進し始めた保育園推奨と高校授業料無償化こそ、家族の絆を希薄しようとする政策に他ならない。

 

 類似の興味深い現象がある。マルクスは、産業資本家が世界市場を開拓することによって、産業の足元から、国民的地盤を取り去った。これは、国家主義者が憎む現象だ、と2017年の日本における民族主義者が、グローバリズムを非難している事を1848年の時点で指摘しているのだが、現代では、産業資本家による国家意識の掘りくずしに加えて、朝日、毎日、岩波の進歩的文化人たちが、「地球市民」「世界市民」を従容しているのである。

 

 つまり、マルクスは、産業資本家の産業グローバリズムは国家意識の崩壊という墓穴を掘っているのだから、共産主義者は、さらに墓穴を掘り進めてやろうというわけである。

 

 しかしこれも、家族の絆がそう簡単に押しとどめえぬ金銭ずくの関係に純化されはしなかったように、実際にはマルクスが予想したほど、確実な歴史の流れではなく、国家の枠組みはくずれそうにない。

 

 マルクスが確実に、間違えた認識がもうひとつある。

 「もっと全面的でもっと強力な恐慌を準備し、恐慌を予防する手段を減少させることによって当面の恐慌をしのぐのが、産業資本のやり口だ」とマルクスは考えた。

 

 これも、現代の共産主義者がやたらに国家財政支出を増加させて財政破綻を仕向けていることに符号するが、本当はマルクスとしては、なにも共産主義者が福祉予算を要求して財政を破綻させなくても、景気循環そのものが強力な恐慌につながるはずだと考えていたのであるが、現実には、いっかな破綻しそうに見えて破綻しないのが歴史の事実なのである。

 

 労働者は機械のような生を強いられると見えたが、それも実際は、ホワイトカラーが増加し、さらに週休二日制に加えて、有給休暇、長期休暇が増加して、革命するまでもなく、機械のごとき生を強いられる労働者階級の存在様式が消滅してしまった。

 

 「機械装置と分業が増えるに比例して、労働の量も増える」というマルクスの認識もまったく間違いだった。

 「労働者のための費用はかれの生存と彼の種族の繁殖のために彼が必要とする生活資料に限定される」というのも、まったくの予想違いで、事実はそうはならなかった。

 賃金労働者は、娯楽消費にかなりの額を費やしてさらに子供に相続可能なほどの財産を貯めるほどの余力を持つほどの賃金を得ている労働者がかなり多くいるのである。

 

 「プロレタリア運動は、圧倒的多数者の利益のための圧倒的多数者の自立的運動である」という認識もまた、根拠を失っている。なぜマルクスが、プロレタリアが圧倒的多数者であると考えたかというと、「機械制の大工場労働者」が農民に次ぐもっとも多数の存在様式で、今後は「大工場労働者が増加しこそすれ、減少することはないだろう」と予測したのである。

 

 これもまた、予測ははずれて、無数のサービス業と公務員が増加して、まずなによりも、圧倒的多数者としての工場労働者というのが、成立しない。

 

 マルクスの言う格差社会の破滅性とは、「産業資本が奴隷たちを破滅させて奴隷たちを養わなければならない状態に追い込まれるから」だったが、現代では、格差は、ただ単に、可処分所得の相違しか意味しないからである。

 ※講談社学術文庫共産党宣言」30ページ

 

 マルクスの認識では、近代の資本家たちは、1万人も2万人もいるとは想定されてはいなかった。

 マルクスの認識していた資本家とは、まさに今で言う「創業者一族所有の大企業」なのであり、労働者とは、そういう創業者一族の所有する大規模工場の労働者以外の何者でもなかった。

 

 現実はマルクスの予想を超えて、2014年の統計で、日本には380万人の中小企業経営者が産業資本家と独立して個別の財産を持って、労働者を雇用している。

 

 つまり、380万人の経営者、資本家はそれぞれに巨大でもないし、巨富の持ち主でもない。

 巨大でもなく、巨富の持ち主でもない380万人の資本家とそれぞれにつながっているのが、労働者であり、しかもその相当の割合が、週休二日労働で有給休暇を取得しているのだから、マルクスの言うような「プロレタリアート勝利は不可避である」という前提条件がない。

 

 マルクスは言っている。

「社会の中の数え切れない多数の無所有を不可欠の条件として前提とする所有を廃止する」と。

 

 これはこういう意味である。

「 労働者のほとんどは、ただ生きるために必要な賃金しか得ていない。一方、資本家はありあまる財産を所有している。だから、資本家のありあまる所有を廃止するのだ」

 

 だが、この考えには、多数の労働者が本当に貧困であるという前提が必要である。

 実際には、さほどまで貧困ではない。少なくとも、「被雇用者の半分以上」は。

 

 社会の中の数え切れない多数の無所有を不可欠の条件として前提とする資本家の所有・・・自体が存在しないのである。

 

 当然だろう。大企業資本の株主のいかに多くが労働者自身、あるいは労働者の保険資産であることか。

 

 <共産主義は家族を廃止する。>

 

 「諸君はわれわれ共産主義者が両親によるその子の搾取を廃止しようとしているのを非難するのか」※講談社学術文庫 共産党宣言 40ページ

 

 これは以下のような意味である。

共産主義は、子供を親から引き離して、保育園から、はじめて公教育で育てる。なぜならば、家族教育とは、親自身が「支配階級に影響され、洗脳された状態」で、子供を教育するからである。

 

 <共産主義は一夫一婦制を廃止して、女性を共有する」

 これについて、マルクスはおもしろい説明をしている。

 現代の一夫一婦制は、実際には、金持ちが売春婦を買ったり、めかけを囲っているのだから、実質的には共有制ではないか。

 この隠された女性共有性を共産主義は公認の女性共有性にするだけだ、と。

 

 マルクスエンゲルスは夫婦関係について非常に猜疑心をもって解釈していたようで、

 資本家の男性は、妻を子供を産む道具としてしか見ておらず、同時に、売春婦を買うか、めかけを持つかどちらかをしないことはないのだから、実際は家族とは、非公認の売春と女性の共有なのだ、と。

 

 だから、共産主義は、一夫一婦制は廃止するし、「妻の地位」も「母の身分」も、「売春婦」も、みななくす、と。

 一時レーニンは、これを真に受けて実行したところ、いわゆる女たらしと男好きのする女がやたらに秘密の二重三重の愛人関係を持ち、それこそ国家の子である捨て子画像化。少年犯罪が急増したので、スターリンはあわてて普通の婚姻制度にもどした。

 

 <マルクスの言う民主主義とは、プロレタリアートを支配階級の位置におく事、を意味する>

 

 現代日本では、日本共産党や、非日共系の共産主義者たちが、盛んに民主主義を主張する。

 少なくとも、マルクスの言う民主主義とは、社会の成員全員の平等な参加を意味してはいない。

 

  プロレタリアートを支配階級の位置におく事、である。

 

 プロレタリアート、すなわち被雇用者たちが支配階級になった政権がすべての国家権力と生産手段の所有権を持つ、というのが、「民主主義」だと言っている。

 

 その条件として、

1.強度の累進課税

2.相続権の廃止

3.すべての輸送機関の国家集中

4.全人民への平等な労働強制

5.すべての児童の公共無料教育(ただし、親からの引き離しと夫婦制度の廃止を前提とするから、家庭経済が楽になるという意味ではなく、家族の団欒自体が消滅。

6.地主は廃止して、地代を国家財政に入れる。

 

共産主義は国内の階級闘争勝利が、隣国との敵対的態度が消滅することにつながると確信する>

講談社学術文庫共産党宣言」42ページ最後の行を見よ。

 

北朝鮮はどのように日本人を北朝鮮寄りに思想工作したか

北朝鮮はどのように日本人を北朝鮮よりに思想工作したか

 

  1968年北朝鮮帰国者のうちの日本共産党党員を金日成が粛清処刑した。

 1956年には、日本共産党朝鮮労働党祝賀大会に祝辞を送っている。

 

 1959年には、日本共産党書記長宮本顕治北朝鮮を訪問して、日米安保体制否定の活動について、共闘を確認している。

 そこで、共同声明を出し、韓国からの米軍撤退を主張した。

 1961年にも、宮本顕治が訪朝、「北朝鮮の建設は世界とアジアの平和維持に大きな貢献を果たす」と発言。

 

 当時在日朝鮮人北朝鮮への帰国運動が盛んに行われていたが、これを「日本民主勢力の協力の勝利」と発言している。

 

 1964年には、日本共産党の代表団を送り、日韓協定反対運動を確認。

 

 1966年には、宮本書記長訪朝

 

 宮本顕治は「在日朝鮮人小説家の金達寿キムダルスが仲介してくれた、と語った。

 

 金達寿は、日本国内において小説「玄界灘」を書き、日本人、および在日朝鮮人金日成は悪の日本帝国主義に抗日した英雄だという妄想を吹き込んだ。

 

 1955年に朝鮮総連が結成されたとき、日本共産党幹部および党員の在日朝鮮人は、日本国籍をとって、日本共産党に方針に関与し続ける者と、日本国籍をとらずに、朝鮮総連の拡大に邁進する者との二つに分かれた。

 

 金達寿の場合は、朝鮮籍のままで、日本共産党系の「民主文学」に寄稿し続けた。

 

 金達寿は、日本人共産党員に金日成の正当化された人物像を植え付ける工作を、あえて日本の共産党系「民主文学」に肩入れし続けることで、成果をあげようと画策し続けた。

 

 この工作を支援したのが、日本共産党党員の巣食う「岩波書店」で、岩波新書「朝鮮」が出版され、教養の岩波の看板のもと、日本の学生の多くが金達寿北朝鮮正当化の論理を吹き込まれた。

 

 1955年朝鮮戦争休戦協定成立から11日目、北朝鮮南朝鮮労働党出身の党幹部を7名死刑に処している。

 5名は重懲役刑の政治犯収容所へ移送された。

 

 日本でこのような政治権力闘争で、見解の異なる政治家を死刑に処するという例はないが、北朝鮮はすでにこのころから盛んに権力闘争の相手を死刑に処してきたが、日本のリベラル知識人、および旧社会党日本共産党国会議員らは、北朝鮮を擁護し続けてきた。

 

 北朝鮮はこうした「処刑’について、已むをえないもの、正当なのものと日本の在日朝鮮人に納得させて、日本で稼いだ金を北朝鮮に送金させるために、次のような工作活動を行った。

 

 「朝鮮労働党宣伝機関」が「政治学校用参考資料」を作成して、朝鮮総連に送付。朝鮮総連幹部はこれを拳拳服膺したのである。

 

政治学校用参考資料」には、「南朝鮮労働党出身の朴憲永らの処刑の理由は、米軍の仁川上陸作戦に呼応して、北朝鮮内部で暴動を画策していたからだ」と書かれていた。

 

 特に「南進すれば、南の労働党員が呼応して、武力解放は実現すると、できもしない事を言った」と、金日成の判断の間違いを公然と朴憲永らになすりつけていたのである。

 

 朝鮮人両班の権力闘争さながらの謀略、うそによる競争相手の陥れによって、政敵の生命を抹殺したのである。

 

 朝鮮労働党は、朝鮮総連傘下の在日朝鮮人だけではなく、日本人も、北朝鮮善玉観を持ってもらうことが、日本国内の朝鮮人の立場を強化し、稼いだ金品を北朝鮮に豊富に送るために必要だし、韓国との協調を防止して、韓国の発展を阻止するためにも、

必要だと考えた。

 

 そのために、宮本顕治日本共産党党員編集者ルートを使って、松本清張中央公論編集者に働きかけて、(北朝鮮の作成した資料を松本清張に提供)。

 こうして松本清張は、中央公論誌上に「北の詩人」を連載する。1964年刊行。 その内容は、米軍情報機関と通じた在日本米国人の牧師にスパイに仕上げられた在日の詩人、林和が北朝鮮に帰国するが、米帝国主義への通謀がばれて処刑されるというものである。

 

 こうして、松本清張中央公論を通じて、北朝鮮工作機関は、日本人に、米国の非道な謀略ゆえに、スパイに誘い込まれた在日朝鮮人が数多く、悲劇的に、北朝鮮で処刑された。

 それはけっして、朝鮮民主主義人民共和国が悪いのではなく、米帝国主義が悪辣だからだ、という宣伝を推し進めていった。

 現在でも、この「北の詩人」を検索すると、松本清張の傑作と信じている者が少なからずいる。

 

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戦前日本の治安維持法時代の実相

戦前戦中の日本の実相

 日本共産党ソ連の誤りは我々が以前から指摘していたことだった、などと言っているが、戦前日本共産党の武装闘争指令も、武装闘争をやめろという指令も、天皇制を打倒せよという指令も皆、他ならぬソ連が日本に指導したもので、それを鵜呑みしたのが日本共産党だった。

 その組織が現在に至るも続いているのが、日本共産党である。

 現在街頭で日本共産党員として演説している者たちは、皆、不破書記長の言葉の、内容も口調も酷似して、物真似大会みたいなのは、彼ら共産党民主集中制原則が、党中央の批判を許さない言論統制体質だからである。

 日本共産党や旧社会党系の民進党員、社民党員は、口を開けば「治安維持法」を非難するが、実態は、日本は世界各国の政治犯弾圧拷問に比べると、非常に温情のある対応を、日本の特別高等警察はしていた。

 小林多喜二の場合は、むしろ例外なのであるが、その例外について日本共産党は鬼の首でもとったように言い立てるのである。

 当時小林多喜二のような共産党員を自由に思う存分に活動させていたなら、日本は確実に、中国、北朝鮮ソ連エチオピアカンボジアのように、大地主、財閥一家を皆殺しにして計画経済社会になって、餓死者が多数出ていただろう。

 朴烈という在日朝鮮人なんて、辛淑玉姜尚中徐京植なんかとちがって、死ぬ覚悟を決めて、摂政宮に爆弾を投げつける計画を立てて捕まったが、日本の警察権力はやさしいもんだから、本人が共産主義はやめた、と申し出ただけで、無期懲役に変更した。

 しかも、実際は、絶対、刑務所から出してやらんぞなんていう無期懲役ではない。

 結局、実際は、看守がようかんを食べさせてあげたりというようなこともあり、敗戦後は、戦後の反マルクス主義者の田中清玄が身元引受人になって、在日朝鮮人の朴烈氏を刑務所から自由の身にして生活の面倒を見てあげた。

 朴烈氏は、辛淑玉姜尚中徐京植なんかとちがって、死ぬ覚悟のある義のある朝鮮人だったから、北朝鮮に行って、韓国との統一を説得する、と言って、田中清玄に礼をした後、北朝鮮に行ったのだが、処刑されてしまった。

 

 いま、日本で日本批判をしている辛淑玉姜尚中徐京植なんかも、朴烈氏のように命をかける覚悟があるなら、北朝鮮で処刑されたあとに、せめて韓国人、在日朝鮮人に覚醒を促すのに、役立とうけれども、現代はまったく朴烈氏のような偉大な必死の人物は絶えてなくなってしまった。

 皆、日本の大学に寄生して、高給を受け取って、日本社会の豊かな生活を享受しながら、いい気な言論活動をしているばかりである。

 戦前の治安維持法がいかにゆるかったか。

 たとえば以下のような例は枚挙にいとまない。

 小宮山新一は東大卒業で定年時は川崎の高津保健所所長だったが、小宮山は、青年の時、親に対して「革命運動をして、日本に社会主義革命を成功させれば、今のようなひどい不平等な世の中はなくなるんだ、みんながしあわせになるんだから」と言って、東大の学業を放擲して共産党の地下活動に入ったが、特高に検挙される。

 しかし、ちょうど同じ時期に病気になると、日本の特高はなんとやさしいことに、保釈してあげるのである。

 そして、千葉の思想犯の改心道場のような修養施設に行って、そこを通して、東大の復学を世話してもらう。

 なんのことはない、その後、東大小石川分院の助手、青森県の組合病院院長、東京中野の組合病院院長、そして定年を保健所所長として平凡に終えている。

 共産主義国ソ連、中国、北朝鮮ならたちまち政治犯収容所で処刑だろう。

 若月俊一は1971年にマグサイサイ賞を受賞した無医村医療に貢献した医師だが、若月俊一もまた、治安維持法逮捕された経験があるが、日本の治安維持法とは、ソ連、中国、北朝鮮政治犯収容所とちがって、けっして人生の終着所ではなかったのである。

 治安維持法で検挙された後は一年間目白署に拘留されたが、社会的に抹殺されるということもなく、1945年には早くも長野県佐久病院院長になっている。

 また、警察署拘置ではなく、刑務所の懲役になると、日本の場合、歴史書、宗教書をかなり豊富に読む事が可能だった。

 この条件が、日本共産党の幹部党員を刑務所懲役中に、マルクス主義はやはり間違っている、と考え直すきっかけにもなった。

 これなども、中国、北朝鮮、韓国の政治犯に悠長に仏教関係の書物や歴史書を読みたいからといって読ませるだろうか。

 日本の刑務所では、禅宗の老師に刑務所で講演をしてもらって、収容者に聞かせて人生を考えてもらうということもしていたのである。

 血盟団事件の被告、四元義隆と共産党委員長の田中清玄に向かって、玄峰老師は言ったという。

 「世の中をああしよう、こうしようという、あんたは自分自身がなんであるか、わかっていなさるか。」

「あんたはけったいな人やなあ。自分自身がなんであるかわからなくてどうして人のことがわかるんや。どうして世の中がいいか悪いか、わかるんや。どうして人の道がわかるんや。けったいな人やなあ。」

そもそも自由と平等は両立せんのじゃ。考えてもみよ。

 ゆっくりと書物を読むのも、自由だ。世界一周旅行するのも、アフリカの秘境に行くのも楽しい自由だが、みんな金がいる。

 その自由の希望を、平等の皆が皆、かなえてくれろと主張したら、どうなる。

 平等にな。そしたら、あんたの希望もわかるあんたの希望もわかる。みんな平等にかなえてあげたいから、近場でがまんしてくれ、とこうなるいだろ。

 そうじゃなくて、いや、おれはどうしても、パリにいきたいんだ、となったら、わかった、みんなに、金のかかる自由をかなえさせる、平等にな、だが、順番を待ってくれ、それは、平等省が決めるから、とこうなるだろう。

 国家が本当に公平に決められるか?だから、中国、北朝鮮みたいに、結局、党にべったりのものが、自由を満喫できるのや。

 それなら、運のいい奴、努力した奴、親がかしこく貯めたくれた者が自由を享受するほうがいいんじゃないのか、ということになるわな。

 と言って、白隠禅師全集を刑務所にさしいれてくれたという。

 こんな状況が、北朝鮮、韓国、中国、ソ連にありうるだろうか。

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シナ革命戦争史

殷王朝の属国、周の姫昌がチベット系の知識人太公望呂尚を用いて国力を充実させて、その子、姫発初代武王が殷を滅ぼして、周王朝を樹立。

 占いによる統治の時代。

 主殺しとして、伯夷兄弟は周の粟は食べない、とワラビばかり食べて餓死する。

 孔子はこれをほめた。

 この時、封建制度が生まれる。

 周は前256年に滅亡。

 チベット・ウィグル系異民族によって王が殺害される。

 正室を廃して、側室に狂ったので、正室の父に裏切られて、異民族が侵攻。

 元太子を立てて、東周を樹立。

 殷の紂王は妲己だっきにおぼれ、

 周の最後の王は「褒じ」という側室におぼれる。

 その後、太公望呂尚は斉を建国

 江南には、楚があった。

 周時代の諸侯が独立して、「春秋戦国」時代となる。

 「春秋」とは、「魯」の国の年代記の名称から。

 春秋の覇者

 第一号は、

前651年 斉せいの桓公

側近は鮑叔と管仲 管鮑の交わりの語源

管仲死後、ごますり三人組の権力闘争がはじまり、斉せいは衰退。

 

 晋が台頭。

 秦が台頭。晋、秦二大国。

 楚と呉が台頭

呉対楚

呉の勝利 この時、孔子55歳頃

呉の闔閭こうりょ 息子 夫差ふさ

 

伍子胥 楚の平王から血父、兄等一族皆殺しにされて追放された者

後に呉の将軍として楚を破った後、平王の墓をあばいて骸を鞭でうたせたが、その後、後悔して、「日暮れて道遠し。」(齢を重ねても思慮が足りないしがない愚者であった」と述べる。

 

 孫武

 呉を楚の攻略に導くが、伍子胥とともに、越への侵攻に反対して、呉の夫差に追放される。

 ※楚の都を占領したものの、楚の昭王は逃げ延びて、越国に呉を攻めるよう、依頼する。越に攻撃された呉は、越との戦争を決意するが、孫武伍子胥のふたりは、楚との戦いで疲弊しているから、和議するべきと進言。しかし、呉王の闔閭はこの案を拒絶して、越の勾践と激突して、戦死する。

 孫武伍子胥のふたりとも、呉の国の中では、他国生まれの将軍で、常に生粋の呉人からは疑いの目で見られていた。これ、在日帰化人の官僚が日韓交渉、日朝交渉をする場合と同じ。

 

 孫武が去る直前、呉の闔閭は、越の句践率いる軍との交戦中に戦死する。

 呉の夫差は、臥薪して、越への復讐を誓う。

 呉の夫差は、父を殺されて二年後、越を撃破。

 句践は呉の地で命請いの末、奴隷扱いされるが嘗胆して、巻き返しを決意。

 越の美女西施が夫差の側室になる。

 越の范蠡はんれい、文種ぶんしょうなどの賢臣が句践を支える。

 

 呉への服従を装う越の句践、ぶんしょう等にだまされなかったのは、わずかに呉の伍子胥だったが、越の句践は、呉の支配下にある越軍だと夫差に信用させて、一気に呉を滅ぼす。句践が呉に囚われて奴隷になってから、21年後だった。

前494年句践、敗北

前473年句践、呉を滅ぼす

 

 少し以上の状況を言うと、

 この楚に対して呉の闔閭が孫武伍子胥、夫差、ふがいを従えて攻め込む。

 越が呉の闔閭を殺害

 二年後、

 呉が越の句践を捕虜にする。

 越が呉を滅ぼす。夫差は自害

 (中原の晋と南の楚は休戦協定)

 これを統一したのが、紀元前221年秦の始皇帝

 統一の過程で、秦は楚の王朝を滅ぼす。その残党が、楚の項家一族で、秦朝打倒を目指す。

 ちょうど、日本における在日朝鮮人が日本の皇室を滅亡させようと意思しているが如くである。

 ところが、皮肉なことに、項一族は秦朝の打倒へ邁進するのだが、内部抗争の中で、項羽配下の劉邦に信望が集まり、項羽ら、楚復興の悲願に燃える者たちは、遂に敗北し、劉邦が、秦滅亡後の漢王朝の始祖となって、楚王朝の復興はついえるのである。

 「魯」では、前551年、孔子が生まれる。

 孔子が宰相になったことはなく、学派を率いただけ。

老子孔子墨子商鞅孟子荘子、、韓非子荀子の順に生まれている。

 この間、礼と音楽の儒家が浸透する。兼愛、非攻、節倹の墨家は少数派になる。(墨守)の語源。

 韓非子は前233年死去、荀子は前235年死去。こういう時代に、前221年始皇帝が統一シナを建国。

秦の「政」という人物が、前246年に即位。

 前213年焚書坑儒 儒家否定

 その3年後、始皇帝死去

 李斯は長男を始皇帝の娘と結婚させて権力の近づいていたが、始皇帝が病死すると、宦官の趙高の謀略によって、謀反の嫌疑をかけられて一族が処刑されてしまう。 

 

 このころ、ローマとカルタゴの闘争の時代で、カエサル登場の百年前。

 秦の始皇帝とは、13歳で即位して、呂不韋という大商人の後見を受けて育った。

 呂不韋は、秦の始皇帝の実父を秦の王にするよう謀略した人物である。

 秦の敵国であった趙に人質として拘束されていた秦の王の孫、子楚を見かけた呂不韋は、「奇貨居くべし」と、子楚を育ててから、子楚を土台に自分の地位を高める企てをする。

 

 呂不韋は子楚に特に目をかけ、資金を与えて、広く交際させたうえで、秦の安国君の妻に、子楚を後継者にるよう、吹き込んで、面倒を見た子楚を秦の君主に育てあげるとともに、自分自身が13歳の子楚の後見人として権力を手中にする。

 

 成人した子楚は王となり、その子が、政王となって、呂不韋を流刑し、遂に呂不韋は自殺に追い込まれる。

 

 政王は始皇帝となって、15年後、50歳で病死する。

 末子が後継者となるが、わずか三年後には、農民蜂起、陳勝呉広の乱、項羽劉邦の乱が重なり、項羽が首都を焼き払ったことによって滅亡する。

 

 そうした秦崩壊の革命の中で、項羽は配下の劉邦との分裂抗争に敗れて楚の再興に失敗、亡びてしまう。

 

 これを楚漢の戦いという。

 復興を目指す楚の項羽と漢の劉邦の抗争であるが、当初、項羽は連戦連勝するも、最終的に項羽の側近が人望の厚い劉邦について、項羽の軍を包囲する。

 この時、劉邦項羽軍を包囲する漢軍に楚の歌を歌わせて、項羽に自分を包囲しているのが、楚の人間なのか、と絶望的な気分に陥る。

 これが四面楚歌である。

劉邦には、反秦朝勢力の有能な人士の多くが味方についた。

 張良であり、韓信である。

 また、劉邦の青年時代から劉邦を支援してきた郷土の先輩格、嘯何や、後輩、曽参、樊かいらが、強い絆で劉邦を支えた。

 

 韓信韓信のまたくぐりで有名な大志の前に、小事の屈辱には忍耐する器量の持ち主だったが、劉邦に仕えて劉邦を漢の高祖にまで押し上げた後、その能力を恐れられて、劉邦に処刑されてしまう。

 この時、「狡兎死して走狗煮らる」と、自分は「敵を破ることには貢献したが、用済みになった途端、殺されるのだな」と自嘲する。

 

 韓信を殺すように仕向けたのは、劉邦の妻、呂后りょこうの深謀遠慮だった。

 

 この呂后の態度は、後に史書に記されて、唐の則天武后に対する批判勢力にとって、漢時代にも、でしゃばりな皇后がいたという引き合いにされた。

 

 劉邦の漢はいったん王莽によって簒奪されるが、光武帝が復興。

 しかし、宦官、官僚の対立、抗争が激化する中、黄巾の乱が勃発。漢は統治力を劣化させ、董卓とその配下の(赤兎馬に乗った)呂布が台頭する。

 こうした混乱した状勢に、宦官の孫養子の曹操、漢室の末裔、劉備、呉の孫堅袁紹袁術などによる三国志が幕をあける。

 孫堅の息子が孫策孫権

 孫策は26歳で戦死する。

 孫権の臣下が名将、周瑜であり、名参謀の魯粛孫権は71歳まで生きた。

 三国志演戯では、

曹操側の豪将軍、華雄を倒したのは、関羽だが、正史では、孫堅

 

 また、三国志演戯や派生物語では、劉備の腹心趙雲曹操の配下の

夏侯 惇の娘、夏侯 軽衣がロミオとジュリエットのように、恋仲であったりする。

 

 呂布モンゴル族混血の巨漢だったと言われる。

 劉備は漢室の末裔を自称したので有名だが、真実かどうかは不明。

 

 結局、劉備も、曹操も志半ばで病死し、息子の世代になって、曹操の配下の司馬氏がのっとってしまい、劉備の蜀は、諸葛孔明の病死以後は衰退し、司馬氏の魏に滅ぼされてしまう。

 司馬氏は魏を廃して、「晋」を建国して、孫権の死後衰退した呉を滅ぼす。

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謎の昏睡状態に陥った米国人の北朝鮮抑留者ワームビア氏

japan.hani.co.kr

北朝鮮に17カ月間抑留され、13日(現地時間)に昏睡状態で帰国した米国の大学生オットー・ワームビア氏(22)が、深刻な脳損傷を負っていることが明らかになった。「昏睡状態の帰還」により米国の対北朝鮮世論が悪化している中、米朝関係に及ぼす影響に対する展望は交錯している。

 

 ワームビア氏が入院したシンシナティ州立大学病院の神経科専門医のダニエル・カンター氏は15日、記者会見で「ワームビア氏の神経の状態は『覚醒しているが反応しない状態』と表現できる」と説明した。彼は「ワームビア氏は自然に目を開き瞬きする。しかし、言葉も、自分が意図する動作もできない」と明らかにした。バージニア州立大学の3年生だったワームビア氏は、昨年1月に観光で訪問した平壌(ピョンヤン)のヤンガクド・ホテルで政治宣伝物を盗んだ疑いで逮捕された。

 

 カンター医師はまた、昨年4月に北朝鮮で撮ったワームビア氏の脳の磁気共鳴画像(MRI)写真を渡されたとし、ワームビア氏が脳損傷を負い何週か過ぎた後にこの写真を撮ったものと見られると発表した。ワームビア氏が1年以上昏睡状態に陥っていたという意味だ。

 

 医療陣は「ワームビア氏が(北朝鮮が説明した)ボツリヌス中毒症にかかったという証拠は何も発見できなかった」と明らかにした。しかし、身体的虐待や骨折の痕跡も発見されなかったとし、頭蓋骨と首の骨も正常だと分かったと話した。医療陣はワームビア氏が「すべての部位にわたる広範囲な脳組織の喪失を負った」としながら、これは若い人が心停止により脳への酸素の供給が中断された時に発生しうる症状だが、原因は断定できないと説明した。好転する可能性についても言及しなかった。」以上、ハンギョレ新聞

 ハンギョレ新聞は、アメリカのトランプ政権は対話路線にかじを切った。

 その理由は、ムン・ジェイン大統領が対話重視だからだ、という。

 だが、この見方は間違いである。

 アメリカは今後も、北朝鮮に対して先制攻撃は不可能である。

 その理由は、ロシア、中国が北朝鮮への支援をやめないからである。

 その結果、朝鮮半島は、地勢的に、数十万人の韓国国民の北朝鮮による攻撃による死を免れず、その責任を問われなければならない謂れは米国に一切無い。

 したがって、北朝鮮のグァム、ハワイ攻撃の蓋然性が明白にならないかぎり、けっして、米国が北朝鮮を先制攻撃する選択肢はない。

 しかし、だからといって、米国は、北朝鮮が本音ではのどから手が出るほど欲しい、中国と同等の資本進出は、絶対にのまない。

 つまり、日本が左傾化して、北朝鮮に資本進出し、北朝鮮に中国と類似の経済発展をもたらす日の来るまで、北朝鮮はミサイルを日本海に向けて撃ち続けるしかない。

 もう一つの選択肢は、金正恩の死をきっかけにして起こる内戦が、韓国に対して中途半端に攻撃を暴発させた時に、韓国があわてふためいて、米国に助けを求めて、一気に、韓国国民の数万人規模の犠牲を覚悟しつつ北朝鮮の全軍事力を壊滅させる作戦に踏み切るということである。

 金正恩が健在であるかぎり、膠着状態は続くだろう。

 あとは、日本の左傾化という変数があるだけだ。

 

 

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