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忘れられた韓国の女性の人権問題米軍基地村

韓国の慰安婦問題に慰安婦像はない 米軍基地村

戦後日本では、貧しい女性の中には、売春をする女性が巷にすぐそれとわかるように立っていることがあった。

これを俗にパンパンガール、パンすけと、多くの民衆は侮蔑した。

 

 韓国の場合、米軍兵士向けの売春婦を根性の悪い大衆は、「洋公主」ヤンクンジュ(白人相手のお姫様)と言って馬鹿にした。

 大韓民国という国家が事実上の公娼制を運営しつつ無力な女性たちの肉体を担保に国家安保と外貨稼ぎを同時に解決しようとした、これは国家犯罪なのである。

 

 朝鮮半島が日本の一部だった頃、朝鮮人は併合以前と変わらず、貧困女性を利用して、風俗産業でもうけることに余念がなかった。

 その客は、当然、朝鮮人男性であった。

 この性風俗の街は、朝鮮戦争後、米軍兵士のドル支払い目当てに「米軍基地村」に変わった。

 

 朝鮮戦争で、家族が離散して、貧困に陥った結果、この米軍基地村で性を売る悲惨な体験をした女性は30万人という推算もあるが、現在、韓国では、この基地村の女性が受けた悲惨な体験を「追悼」する運動は、慰安婦問題に隠れて、万分の一の状況だ。

 

 また、1971年12月には、性風俗基地村に来る黒人兵に対して、韓国人が差別的態度を取った事に対して、アメリカ本国に帰還した米軍兵士たちが、韓国人の人種差別に憤りを表明。ニクソン大統領が韓国の朴正熙大統領に対して、憂慮の念を伝えた。

 それに、韓国はあまりに性病が多い、と。

 

 そこで朴正熙は、大統領府に基地村浄化運動の実施を指示。

 これは、性風俗の廃止ではなく、国家ぐるみで、女性の性病管理を行うという意味で、国家の行った「ホワイト・スレイブ」の実例だったが、先進国は後進国ならではの現象と考えて、相手にもしなかった。

 

  1969年9月に開業したアメリカタウンについては、韓国の女性史学者の中には、この群山クンサンのアメリカタウンを政府主導の下で設立された‘軍隊娼婦株式会社’と呼ぶ者もいるが、いまや、日米韓にこれを知る人は少ない。

 日本軍慰安婦制度は、第一次世界大戦時に、民間女性が強姦の被害を受ける事例が多発したことから、日本軍兵士にそのような不祥事が起きないように、設けた苦肉の策で、戦争下に起きる最も野蛮な犯罪、性的暴行を防ごうとする日本軍の良心の現れであった。

 また、ベトナム戦争において、韓国軍兵士は、南ベトナムの女たちと遊んでは、父親の無い子供を1万人から2万人、ベトナムに置いて帰還したが、日本軍兵士に現在、多数の日本軍将兵の兵士が無数に残された、なんてことはない。

 韓国政府の不道徳性は、日本政府要人たちが、まがりなりにも、上記のような正当性を声高に言い立てることはせず、朝鮮人性風俗業者と親の薄情を非難することもなく、黙って、貧困女性の気の毒な立場に配慮して、「広義の強制性があった」としたのに、韓国自身は一切、しらばくれているところにある。

 基地村浄化運動の研究家キャサリン・ムーンの<同盟の中のセックス>によれば、1千人当り性病発生件数は1970年389件、1971年に553件、1972年692件。

 検診で性病にかかっていることが摘発された女性は‘モンキーハウス’と呼ばれた性病診療所に監禁された。

 慰安婦女性たちは関連法が制定され生活安定支援対象として生活費・住居費などの支援を受けている反面、基地村女性たちは国家賠償の対象ではない。現在、基地村女性老人の大部分は貸間などで一人で暮らしているとされる。

 日本の金を受け取った慰安婦の女性たちは、彼女たち米軍基地村の女性たちへの基金を設ける事を政府に要求すべきではないだろうか。

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2014年7月

ソウル中央地裁民事22部(裁判長チョン・ジウォン)は20日、L氏など基地村「慰安婦」被害者120人が国に対して起こした損害賠償請求訴訟で、「国が被害者57人に対して500万ウォン(約49万円)を賠償せよ」とする原告一部勝訴判決を下した。

 この時の韓国政府の言い分は、米軍「慰安婦」の国家賠償の消滅時効が終了したというものだった。

 ダブルスタンダードと言わざるを得まい。日本に対しては千年経っても、謝罪と賠償を要求し、韓国国内の米軍向け慰安婦の賠償訴訟には、国が敗訴しても、それにはほっかむりして、日本に非難の目を向けるのは異常でさえある。

事実、韓国では、同じじゃないか」との冷笑的観点が大半で、米軍基地村女性問題を利用して日本軍慰安婦問題の本質を希薄させようとする意図が入っていると見られるから、市民団体は、日本メディアの取材問い合わせには対応しないという方針だといわれる。

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大東亜戦争と日本の戦後 東條英機と石原莞爾

15年戦争

 石原莞爾東京裁判で裁かれなかったのは、おかしいとする説が、愛国者の中にはある。特に東條英機断罪に反発する立場から、素っ頓狂に石原莞爾こそ、戦犯、火付け人ではないか、というのである。

 むちゃくちゃである。

 民族派には、東京裁判自体、眉唾もの、という立場と、石原莞爾のほうが、東條よりも悪い、東條はただ、懸命に対処しただけ、という主張がある。

 

 日本は奈良時代一貫した国家意思が貫いているわけではないように、明治以来も、時々の為政者によって、国策は大きく変わっている。

 

 満州建国は、意図においても、結果においても、ロシアの権益拡張に大きく関わる。 

 満州国があったことによって、ソ連のアジア進出の障害になり、日本敗戦によって、満州という障害が消失したと同時に、中国共産党政権が膨張し、北朝鮮が生まれた。

 当時、このことを知る満州人もかなりいて、珍しいわけでもなかったと推察されるのは、鳴霞(めいか)という満州族出身の中国人ジャーナリストが、「自分の両親は、子供の自分に、日本軍は満州をロシアから守るために、何万人も戦死したんだよ、と日本軍に感謝していたのだという。

 

 この意図が日本の為政者から喪失して、満州国をほっぽり出したのが、シナ事変からである。

 ロシア国境から離れれば離れるほど、日本の「ロシアから満州を守るための進駐」の意味は漢民族に理解できるはずもなく、また、ある意味正しい。シナに日本軍が散らばれば、満州を守れるはずもない。

 

 これに対して、韓国の9割とも推定される知識人は、明治以来から敗戦までを一貫したシナ・朝鮮支配欲の継続と解釈し、日本共産党はこれに同調している。

 この韓国知識人の見方の前提になっているのは、ロシアが日本、朝鮮の開国当初、清国と日本よりもはるかに大きな強国だったという事を考えたくもない、面倒で仕方が無い、という態度である。

 

 日本共産党小池晃が、韓国の見方は日清、日露は日本の侵略、と強調してやまないのは、日本共産党お家芸が、国民の「みんな仲良く、さあ手を結んで」という意識に迎合するのが習い性になっているからで、史実もなにもまったくどうでもよいのが共産党

 

 朝鮮というのは、歴史上、一貫して、自国を外国から守るという強烈な意思を国家として、持続したことがない奇妙な国である。

 ※三別抄だけが、唯一の例外的な集団抵抗の例だが、高麗王を奉戴しての抵抗ではなかった。

 

 猪木正道をはじめ、旧民社党ブレーンは、「パリ条約違反」を根拠に満州事変を非難し、ロシアの南下脅威への関心を縮小する。

 同時に日本人は、狂った、とする。

 司馬遼太郎もそんなものである。

 たしかに、狂った、というのはあながち間違っているわけではないが、その狂った、という表現にふさわしいのは、東條英機の少将、近衛の貴族院副議長時代、木戸幸一の内大臣府秘書官長に、近衛の推薦で就任した頃から、昭和7年頃から、平泉澄きよしが陸軍士官学校で誇張した皇国思想を吹き込んだ事をきっかけに陸軍将校中心に「講和無き反英米心情がふくれあがる。

 

 昭和6年満州事変から昭和8年5月の塘沽(タンクー)協定あたりまでは、まだ正常だが、平泉澄きよしは、着々と陸軍の次世代将校を反英米派に向けて誘導中であった。

 

 日本共産党の支持者には、何の勘違いか不明だが、尾崎秀実は「大戦争を防ぐために必死で工作した」と言う見解が(ネット上の日本共産党の講演に出席した党員の感想)見受けられる。尾崎秀実は、日中戦争の悪化の世論誘導をした事、ソ連に日本が日中戦争にのめり込んで行って、ソ連に向かわない・ドイツのソ連戦に加勢しないという情報を流した事は紛れもない事実である。

 平和工作でもなんでもない。

 

 中国をもっとたたけ、とはっきり言っていたのが、尾崎秀実で、理由は、英米の権益と衝突させ、ソ連に対する関心を英米にむけさせ、日本を消耗させるためである。

 

 以上のような認識は、皮肉にも蒋介石国民党もまた、かなり中国民衆から嫌われる所行をなず、兵士だったこと、台湾に移っても蛮行を為した国民党軍だったために、あたかも、日本軍の中国における戦いが正義の戦いであったかのような印象も生じて、認識の混乱を生じさせた。さらには、武田泰淳竹内好らの親中派の文学者、作家が中国民衆の純朴制を基準に日本軍を非難したために、日本の侵略性に焦点が集まって、尾崎秀実、昭和研究会らの、日本軍を蒋介石にぶつけて英米に衝突させて壊滅させて、ソ連樺太、千島、満州朝鮮侵略をやりやすくしようという意図が、遠景に引いてしまった。

 

 ソ連のアジア進出によってこそ、中国共産党政権の確立は可能になるからである。

 そして、中国共産党政権、朝鮮労働党ソ連共産党の支援は、アメリカが遠慮すればするほど、日本の共産主義の政権獲得の寄与する。

 

 戦後日本に多数の北朝鮮派、従北韓国との提携派、親中国派が存在する現実は、このソ連の思惑は半分実現したことを意味する。

 ただし、ソ連共産党自体は崩壊して、ソ連の残した日本左派化計画は、親中国共産党派の日本人と反日半島人と提携する日本人勢力を定着することに寄与することになった。

 

 ソ連自身は崩壊したが、ソ連は日本に「80年殺し」を仕掛けた。

 ソ連の工作なしに、現在の親中派、親半島派日本人は存在しないからである。

 

 親中派、親半島派がなくなるためには、中国共産党政権が崩壊して、自由な選挙と自由な言論のある政党分立の小国家に分立すれば、それでいい。朝鮮半島は・・・どうなのだろうか。この半島の国がまともな国になることはあるのだろうか。

 

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辻元清美は2月21日に、塚本幼稚園に行っていたと判明。民進党ホームページに記載

www.minshin.or.jp

2月22日付け民進党ホームページに

森友学園が運営する塚本幼稚園に子どもを通わせていた保護者らからも話を聞き、その後同幼稚園を訪問し理事長との面談を申し入れたが、不在のため会うことはできなかった。

という記述がある。

これは、

安倍昭恵夫人と籠池夫人とのメールにおける辻元清美に関するデマ | ニュース | 辻元清美WEB

と完全に矛盾している。

平成29年3月24日
報道関係各位
安倍昭恵夫人と籠池夫人との間のメールについて

民進党役員室

本日、公表された安倍昭恵夫人と籠池夫人とのメールには、わが党の辻元清美議員に言及した箇所がありますが、そこで記されている内容は事実に反する虚偽のものです。

本年3月1日のメールに、辻元清美議員が塚本幼稚園に侵入しかけたとされていますが、そのようなことは一切なく、そもそも同議員は塚本幼稚園の敷地近くにも接近していません。

 

【平成29年2月21日】

 籠池泰典氏の妻 同社大学の新島襄の学校弾圧の気持ちがよくわかると園長しみじみ思うといいます

おはようございます 大阪の教育はいろんな文化がまざり日本という太柱がどこにあるのか僕しかできないと申します あきえさんへ

 安倍昭恵首相夫人 留守番電話聞かせて頂きました。

籠池園長の教育に対する熱意は理解しているつもりです。

 籠池氏妻 昨夜TBSラジオに生電話で園長の本心を話し弁護士の言われた通り夜中に家をでました今奈良の三輪明神でご祈祷していただきました

民進党議員団が私達を追いかけ集団タクシーで家や幼稚園に来ました子達はいつも臨機応変に助けてくれました あきえさんの大変さは本当に感心します

 

3月1日のメール

将棋連盟から指導棋士の将号を返上しないと幼稚園にいくならやめよと言わないがやめて辻元清美が幼稚園に侵入しかけ 私達を怒らせようとしました嘘の証言した男は辻元と仲良しの●●●●●の人間でした(ママ)さしむけたようです

 

これは、2月21日の訪問を蒸し返して、3月1日のメールに書いていると推測される。

 籠池夫人もまた、かなり情緒過多な人で、文章が混乱しているので、あたかも、3月1日の出来事と受け取れるように書いているので、民進党は、辻元は3月1日には、塚本幼稚園に行っていません、と書いたのかもしれない。

 

 ただし、辻元清美議員が、塚本幼稚園に行ったからといって、だからどうだと言うわけでもない。

 問題は、「私達を怒らせようとしました嘘の証言した男は辻元と仲良しの●●●●●の人間でした(ママ)さしむけたようです」

 様々な疑惑に証人喚問が必要なら、当然これも、証人喚問の必要な疑惑、という事になるのではないか、という事である。

 

 

 

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三笠宮崇仁親王が南京事件を虐殺だと言ったと騒いでいるの誰だ

lite-ra.com

10時間10時間前

 
 

貴方は馬鹿ウヨと、三笠宮様の御証言のどちらを信じるか? ↓ 逝去した三笠宮が語っていた歴史修正主義批判! 日本軍の南京での行為を「虐殺以外の何物でもない」と と言っている人がいる。 馬鹿馬鹿しい。なんのことはない。三笠宮崇仁親王は、いわゆる南京事件の1937年の現場にはいない。 戦争は嫌だ。二度とあってほしくない、という誰でも思う考えのもとに、極論を言っているだけなのだ。 「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。辞典には、虐殺とはむごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係ありません。私が戦地で強いショックを受けたのは、ある青年将校から『新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる』という話を聞いた時でした。それ以来、陸軍士官学校で受けた教育とは一体なんだったのかという疑義に駆られました」読売新聞社「This is 読売」94年8月号)

 これでは、戦争一般に反対しているだけのことで、南京事件の真実でもなんでもない。

 にもかかわらず、こういう記事に、「三笠宮様がそういったから、本当だ」と飛びつく人がいる。 

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石破茂がTBSテレビで昭恵夫人の記者会見を求めた真意は何か。

石破茂

高市早苗政調会長石破茂幹事長時代

高市早苗

村山富市談話への違和感」を発言。

 これに対して石破は、

「党の要職にある者は、誤解を招くような発言を慎んでほしい」と発言。

 

防衛庁長官時代

石破茂は、中国メディアに対して、南京事件を認め、日中戦争は侵略と発言。

 

石破茂は、外国人の移民をどんどん受け入れようと発言

ジャーナリストの有本香がテレビ番組出演中に石破の発言をオフレコで聞く。

 

 石破は「ご生前ご譲位」皇室典範法案の恒久化を主張。2017年1月31日石破ブログ

 女系天皇積極論者である。

 石破茂は、2017年3月23日、TBSテレビの「時事放談」で、安部昭恵

夫人も会見で、説明すべきと発言。

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森友学園の土地購入価格、実は安くなかった。

ikarya.jugem.j

3時間3時間前

 
 

僕が国交省の社会資本整備審議委員に任命された時は、辻元氏が副大臣をやめた後だったので(残念~笑)、彼女の国交省副大臣時代の仕事については知識ゼロですが、確かに森友学園小学校予定地のほぼ隣の土地について彼女が副大臣時代にいきなり補助金がついてますね。「疑惑」「忖度」が沸騰しますねw

 

以下略ちゃんという名前のブロガーが調査したところによると、

引用  以下略ちゃんの逆襲

朝日新聞森友学園スクープ記事に重要なことを書かなかったようです。

 

隣接国有地の売却価格は14億2300万円ではなくて、たったの2300万円だったという事実が23日あきらかになりました。」

 という。

 2017年2月23日 衆院 予算委員会第三分科会 木下智彦議員(維新)が明らかにしていたというのだから、日本全国はいったい何にバカ騒ぎをしていたのだろうか。

 木下友彦議員、記者会見を開くという事はできなかったのか、その辺のところがよくわからんのだけれど。

 またこんな話もある。籠池氏は、通名を多用しており、どれが本名かわからないという説も。

tokumei10.blogspot.jp

oshirasekaigi.com

oshirasekaigi.com

 

 

 

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大東亜戦争と日本の戦後 「天皇と東大」書評

日本はどうすれば、よかったのか。

日米国交の調整を為して臥薪嘗胆、十年を目標として、重工業、工作機械工業の確立につとめる。

立花隆はこれが正しい選択はこれしかなかった、とする。

立花が賛同している戦前戦争回避論は、高木八尺やさかのそれ。

天皇と東大」 文庫版 4巻 368p

 

終戦工作派は誰だったか

 

 1.立花隆の見解

 昭和20年5月 近衛、木戸、高木八尺やさかが会談。

6月、「粛軍すべし」と。

8月3日、アメリカにポツダム宣言受諾を直接伝えるべし。8仲介国なしに。

 これが、高木八尺やさか証言

 高木八尺やさか証言で、南原と高木は親友。

 ※どちらも、キリスト教の「熱心な」信者。

高木八尺と、東大の南原グループ同道しての、東郷外相への進言。

 ドイツ降伏が潮時。沖縄上陸前に。

 「南原回顧録」

 

仲介はソ連ではダメ。

 ※ただし、これ、南原が自分は決して親ソ派というわけではないんだよ、という事を主張する嘘であることも捨てきれない。というのは、なぜ、ソ連仲介ではダメだと思ったのか、根拠が示されていない。ただし、米内光政の部下、高木少将のメモによると、高木八尺やさかと南原が、ソ連は敵に回ると言った、と示唆するメモがある。これは、ソ連が「労働者のための良き国家だから、ファシズム軍人に支配された日本を倒しにかかる、という意味だろう。

 

 南原が終戦工作・・・工作というよりも、終戦論議をしゃべりに言ったという程度が本当のところ。終戦工作とは、早く降伏に踏み切る、という意味。

 誰にか。近衛に二度。若槻礼次郎に二度

 農林大臣石黒、東郷外相、木戸内大臣、宇垣一成大将。

 

 海軍大臣米内光政の命を受けた高木惣吉少将に昭和20年6月8日、高木八尺と南原は会うが、共感したにとどまる。

 

 この頃、高木少将にとっても、講和収拾を言い出せば、憲兵に引っ張られる空気あり。

 南原と高木八尺の観点からは、この当時、ソ連は労働者のために立ち上がった良き指導者の国、アメリカは自由と民主主義の国で、日本は反共産主義超国家主義の軍人に支配された国、中国は日本に自主独立を侵害された国、というイメージだった。

 ただし、コミンテルンテーゼからして、ソ連のほうが、アメリカよりも、皇室存続について強い態度に出る恐れがあることはわかっていた。

 

 クリスチャンの単なる善意の反天皇主義者で、共産主義でもなんでもない高木八尺南原繁は、陸軍の親ソ共産主義者が、本土決戦をソ連と日本共同の対米どさくさ戦にして、日本を親ソ共産国にしたいという意思を知るよしもなく、ソ連の仲介依頼をするべきではないと木戸と東郷外相に具申した。

 現実には、ソ連はアメリカのトルーマンが使用した原爆の威力を見届けて、対米戦争は避けて、まずは、アジアの共産化と樺太、千島、の奪還。そして朝鮮のアカ化工作に専念した。

 あさはかな在日韓国人政治学者は、皆、こうした背景がわからず、朝鮮戦争は日本が原因としている。まず、朝鮮人の中にマルクス主義にかぶれた者がいた事が朝鮮戦争の真因である。

 

 高木惣吉の判断では、「一億玉砕にまで持っていくと、国民の天皇への怨みに転化。

 英米もまた、天皇が「本土決戦を止めない人物」と判断して、強硬に皇室廃止に向かうと予測。

 

 降伏の名分を「塗炭の苦しみから救うとすべきか」と。

 

 そして、海軍と重臣が降伏論の回れば、陸軍を抑える可能性がある、と。

 

 高木八尺、南原グループの考えは、すでに昭和20年6月の時点で、昭和天皇は、陸海軍将兵と国民に降伏を納得させる道具として、天皇詔勅を利用。その上で、講和のタイミングで退位させるというものだった。皇位継承はする。

 本来、「譲位」しかないのだが、「退位」「退位」と言っているのは、「譲位では、責任を取らせたことにならないからである。

 ※この「譲位ではない、退位」構想は、実はなんら必要がない構想なのである。

 なぜ譲位ではなく、退位に固執したかというと、南原、高木ら、反ファシズムの正しき知識人(そして民衆)の側が、皇室の意思の上に立つ、ということが重要だったのである。

 

 存続も、廃止もわれら国民の考え次第だという意思が、南原の天皇退位論の心底である。

 

 戦後、「天皇が一人の自由な人間として退位したいと考えた場合、どうするか」

「重大事件に際して、道徳的責任を感じて、退位したいと感じた場合に退位する道を用意してあげるべきだ」と、皇室典範の審議で語ったのが南原。

 

 南原が狡知に長けた男なのか、馬鹿なのか不明だが、この考えは、明らかに、「国民が天皇の上に立っている」という枠組みの常識化を意味する。

 

 皇室が国民にとってそんなものなら、意味がないのである。欧米人にとって、聖書が単なる文学書と規定されるなら、ほとんど読むに足らず、教会に集まる意味がなくなると同じである。

 

 政治家の結果責任を宗教祭祀者の天皇に負わせると言う意味で、南原はクリスチャンの立場から、神道というひとつの異教の完全破壊を企てたと言っていい。

 

 昭和天皇自身はこうした南原の内心にまったく気がつかず、木戸幸一に南原、高木八尺両名が早期降伏を進言したのを了としていた。

 

 高木八尺天皇論には、おかしなところがある。「万世一系天皇が徳をもって君臨し」

「精神的、道徳的指導力」という文言をいれている。

 これは一見、正しそうで、そうではない。「徳」「道徳的指導力」は本来、関係ないのである。なぜ、クリスチャンの高木が、「徳」だの「道徳的指導力」を言うかといえば、理由はただひとつ、天皇制護持者よ、天皇は道徳的指導力があるのであろう?ならば、責任をとって退位しなくてはのう」と言いたいのである。

 

 そもそも、クエーカー教徒の高木八尺憲法修正案を作るなどという事からして馬鹿げた話だった。

 

 幸福の科学や統一原理教会の幹部が日本の憲法の改正案を書いていいだろうか。

 立花隆は、 「万世一系天皇が徳をもって君臨し」「精神的、道徳的指導力」という文言をいれて天皇を説明する高木八尺の論が戦前天皇論と同じで、高木は天皇制疑似論者だった。その護持論者の高木が「権力は道徳に優越しない」と退位を推奨したのであるという。

 しかし、そうではない。高木はもともと、譲位ではなく、首うなだれた退位をさたかったから、「徳」「道徳的指導力」を強調したのである。

 

 古来、日本人は天皇に「道徳的指導力」を認めて文化的に保存してきたわけではない。

 徳とか、道徳的指導力を強調するのは、ひっかけなのである。

 

 木戸幸一は、「退位してほうがいいですよ、と木戸が言っている」と宮中関係者を通して天皇にお取り次ぎ願えればと、宮中晩餐会の席で言ったと東京裁判の尋問に答えている。

 どうなのだろう。木戸はとぼけて嘘を言ったのか。それとも、こういう退位のすすめなどという厚かましい話を宮中関係者が天皇自身に木戸からの伝言です、と語ることはありうるのだろうか。

 

 立花隆は、「現代日本の道義の退廃」は、天皇が道義的責任を取らなかったから、、国民も、道義なんてそんなもんだ、と思ってしまったのだ、と書いている。

 しかし、もし、そうなら、北条時宗島津斉彬西郷隆盛坂本龍馬勝海舟福沢諭吉らの人間性は、天皇の道徳性の影響を受けたという理屈になるが、そんな馬鹿なことはない。

 

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